ボイスドラマシナリオ『好み』
《 登場人物 》
男
女
◯ふたりの家 (昼)
美容室から帰ってきた女を見て、激しく動揺する男
男 切ったの。
女 うん。
男 染めたの。
女 うん。
男 何でだよおおー。
女 いいじゃん! かわいいじゃん!
男 不良ー!
女 ええ……すごい偏見だな。
そんなに好きなの? 黒髪ロング。
男 大好き……
女 へー。好きなのは黒髪ロングで、私じゃなかったわけだ。
男 そういうわけじゃ……黒髪ロングのおまえが好きだったー!
女 どっちだどっちだ。
男 どっちもだよー!
女 えっこわ、泣いてる?
男 見んなよおおお。
女 あのさ、染めたけど金髪とかじゃないし、長さもほら、セミロングだよ。
ショートにしたんじゃないんだから。ねっ。
男 でも……
女 じゃなくて。見た目より中身を愛してくれませんかね。
中身に褒めるところはないんでしょうか、私……
男 ……優しいところ?
女 漠然としてるね……
男 えっと、えっと、料理がうまいところ。
女 あー、まあ自信あるけど。
男 何でも楽しそうなところとか。
女 その方が人生充実するもんね。
男 取れたボタンを一瞬で付けてくれるところ。
女 あ、そう~~、君の服ボタン取れすぎじゃない?
何で? ケンシロウごっこでもしてる?
男 結構男前なところ。
女 無視? えっ、男前……?
男 こんな感じかな。
女 終わり!?
うーーん、あんまり褒められた気がしないなぁ。
男 ぜんぶ良くてぜんぶ好きなんだよ。
具体的にどこがどうなんて、今さらもう分かんないよ。
女 ええ? 私は言えるけど。
男 言えるの? えっ例えば?
女 そうね、まず、オシャレすぎないところ。
男 それ褒めてんの……?
女 普通がいいってこと。
そんでねー、正直なところ。
男 黒髪ロングが好きだよ!!
女 はいはい、それは却下。
で、ケンカができないところ。
男 え? 遠回しに弱いって言ってる?
女 そうじゃなくて。平和が一番でしょ。
強くてもケンカはしない、そのハートが大事。
あっ、人の悪口を言わないところもいいよね。
男 ありがと……
女 えーそれからねー、いつも私を心配してくれるところ。
男 いや、まあ……おまえ頑張りすぎるからさ。
女 君もね。
あ、たまにドジッちゃうけど、めげずに何事にも一生懸命なところ。
男 ……うん。
女 物を大切にするところ。
男 婆ちゃんの教えなんだよね。
女 動物が好きなところ。
男 好き好き。
女 あ、もちろん、料理をおいしいって食べてくれるところもね。
男 いやあ、本当うまーい。おまえすごいよね!
女 ふふん、どうも。作り甲斐しかない。
……ふむ。ここまでが基本スペックかなあー。
男 基本スペック?
女 そ。ここから徐々に細かくなります。
男 細かく。
女 うん。歩くはやさを合わせてくれるところ……面倒がらずに話を聞いてくれるところ……私の好きなものを覚えててくれるところ……自分の好きなものも教えてくれるところ……したいことをハッキリ言葉にできるところ……寂しいときにタイミングよく構ってくれるところ……やると決めたらやり通すところ……信号無視しないところ……変なくしゃみするところ……かき氷食べたら絶対に舌の色を見せてくるところ……時々すっごい少年なところ……すぐプロレス技かけたがるところ……でも多分ちょっと手加減してるところ……ギュッてするとき心臓めちゃめちゃバクバクしてるところ……キスするときこっそり薄目開けてるところ……そういうのぜんぶ私にバレちゃうところ……いつも手があったかいところ……指の形が綺麗なところ……お箸の持ち方も綺麗なところ……やんちゃな字を書くところ……意外とまつ毛が長くて、謎にお肌がつやつやなところ……これまじ悔しい。スキンケアなんかしてないくせに。
髪がふわふわなところ……触るとくすぐったそうにするところ……我慢しないでちゃんと泣けるところ……静かにしゃべると結構声がいいところ……
まだたくさんあるけど……あっこれ大事、私を好きでいてくれるところ。
男 ……えっと。
女 ん?
男 俺、今どんな顔してる……?
女 真っ赤っかー。
男 だよなあ!
死ぬ死ぬ……照れて死ぬ……ちょっとよく分かんないやつもあったけど……
何、俺ってもしかして、かなり愛されてる?
女 そうだよ。え、今頃?
男 だって普段そんなこと言わないじゃん。
女 言ってほしいならいつでも言うけど。
男 いや、大丈夫……俺が保たない……
女 私はいつだって言ってほしいよ。
好きって。ここが良いねって。
男 努めます……
女 さて、改めて伺います。
まだ黒髪ロングにこだわる?
男 ……いえ、そのままのおまえが好きです……
女 えへへ! どもども!
男 ボロ負けした気分……
女 勝ちも負けもないでしょ。
男 そうなんだけど。
女 ねえねえ。
男 ん?
女 本当さ、大好き。
男 お、おう。
女 お、おう、じゃなくてー。
男 …………俺も……大好き。
女 ふふ、照れ屋さん。
そういうところも好きよ。
男 ねっねえもう許して……心臓が……心臓が……
女 ごめんごめん! えっ死ぬ? どんだけ純情!?
こんなのでポックリいかないでよー!?
男 おまえは……オトナだね……ガクッ。
女 あんたーーッッ!!
ふたり、顔を見合わせて
男 ぷっ。
女 うくくっ……あははは!
ばっか、何やらせんの!
男 おまえノリよくて好きー。
女 私もー。
男 あーでもこれ本当、一生分照れた。
何か腹へった。
女 作ったげよっか。オムライスとかどう?
男 好き好き!
……あっ! でもおまえの方が好き! ねっ!
女 ねっ! て……オムライスと比べる?
まあでも、私の絶品オムライスを食べちゃったら、勝負の行方は分かんないな……
男 勝ち負けじゃないんだろ。
女 そうなんだけどー!
男 ねぇ、はやく作って……今度は空腹で死ぬかも。
女 はーい、じゃあちょっと手伝ってー。
男 はーい。
おわり