他人の誕生日が余白を埋める
介護職の楽しみは、他人のケアをしている8~10時間をいかに自分の時間として過ごせるかにあると思う。
ケトルの湯を沸かしている間、利用者様(ケアする対象の方)との会話もなく、昨日話したばかりの同僚をふと思い出す。
世渡り上手に見えていたが、どうも独身らしい。10歳年下。
聞いてもいないのに、「聞いてくださいよ、この前誕生日だったんです〜!」と言ってきた。
「へぇ〜おめでとう。何してたの」とできるだけテンションを合わせて返すと、さらに興奮ぎみに話す。
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実は昨日誕生日だったんです!
何かをしたくて、歯を磨きながら、明治神宮にいってこようと。
参拝してから、コナンの映画を観たくなって映画館に行ったらすごい人で!
だから一人カラオケに行くことにしたんです。
「一名ですか?」「一人です」って会員証みせたら「お誕生日なんですね〜!おめでとうございます」って言われちゃいました!
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できるだけ特別な日だと意識しないように。
今日また一つ歳をとったことを実感しないように。
そういう経験は自分にもある。大変だよな〜と思いながら、彼のTシャツの襟元を見つめて「へぇ〜」と相槌をする。
面白いわけではないが、ここまで流暢に話されると、特に遮る理由も見当たらない。彼の話が自然に続く。
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で、ミスチル歌ってたんですよ〜。
そしたら、「お誕生日おめでとうございます〜!!!」って店員さんがケーキ持ってきてくれて。めっちゃ嬉しかったですよ〜!!
それから夜になって、人もすいてきたんで、映画館に戻ってコナン観て帰ってきました。
夜は中学の友達が上半身マッパで訪ねてきて。芸人でも目指すのかと思いましたよ〜〜〜
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途中からはなんだか楽しそうに話していた口元だけが残っている。
自分は10年前の誕生日、誰と何をしていたっけ・・・
まぁそんなことはどうでもいいことだなと思いながら。
同僚の彼は、突然記憶から出現してきて15分の余白を埋めてくれたのだが、そういう仕事中の何気ない時間が密かに気に入っている。
お湯もとうに沸いて、利用者様のきつねうどんがもうすぐ完成しそうだ。