日記を書くのが気恥ずかしいお年頃


あわただしい毎日の中でも、ちょっぴりわくわくするような出来事や、あ、なんかいいな、と心が動くのを感じる瞬間はたくさんある。

でもほとんどのことがわざわざ人に話すほどでもないことで、ツイッターに書くとそれはそれで無味乾燥に感じてしまい、結局心の中にしまったまま。

noteの下書きを見たら、代休をとって都内をひとりでぶらぶらした日の書きかけの日記が眠っていた。
なんだかもったいないな。読み返すのは恥ずかしいから絶対やらないけど、思い出しながら書いてみようか。

たしか午前中にジムに行ったあとの話だったと思う。
平日だし、前から行きたかった大人気のフルーツパーラーに行ってみるチャンスだと思い、四ツ谷に向かった。

(わたしの通うジムでは、午前中にレッスンに参加すると「今日は1日代謝が上がるので、ちょっとくらい甘いものを食べてもいいですよ!」と言われる。今回はその言葉に素直にしたがっただけなのである)

普段あまり乗らない丸ノ内線。いちごのパフェが食べたい。ジャムも売っているらしいから、高いけど買っちゃおうかな。わくわく、わくわく……。

いざ到着してみると、2階にあるパーラーから1階の道路まで行列が伸びていた。お店の人気を侮っていた。これは1時間くらい待ちそうな気配だ。

帰る時間まであまり猶予がなかったので、しかたなくあきらめることにした。とはいえどこかのカフェで本が読みたい。
用事のない休日にカフェで本を読むことは、わたしにとって最高の贅沢なのだ。

せっかく四ツ谷まで来たし、〇タバとかカフェド〇リエじゃなくてその場所ならではのカフェがいいなあ。
検索してみると、近くに良い感じのカフェがありそうだ。午前中に心拍数を上げておいたことが功を奏したのか、平日なのに休みであるという特別感がわたしを高揚させたのか、小さな冒険のような気持ちで荒木町まで歩いた。

東京に30年近く住みながらまったく知らなかったのだけれど、荒木町というところはかつて花街として栄えていたところらしい。そしていまでは隠れ家的な飲食店が立ち並ぶスポットになっているのだとか。

平日の昼過ぎ、お天気は曇り空、まばらな人通りの中を進む。昔からたたずんでいるような建物が多く、風情がある街並み。夜はどんな顔を見せるんだろう。

Google mapが示すビルの前で立ち止まる。
表通りに面しているわけではないんだ。1階が向こうまで通り抜けられるし、もしかして裏側かな。ビルの廊下を通って裏の道に出る。
たくさんの家しかない。

表通りに戻る。
うーん、どう見てもカフェがない。
看板は出てるんだけど……

もう一度廊下に入ってみると、ふと気が付く。
廊下の途中に入り口がある!

木枠にガラスがはめ込まれた扉。
ビル自体が薄暗く、中がよく見えない。でも、お客さんはどうやらいなさそう。

正直に言って、最高に入りづらい門構えであった。
ガラス扉とはいえ、一見さんお断りのスナックみたいな雰囲気がある。
しかも、今更ではあるが、わたしはコーヒーがすごく好きというわけではない。むしろコーヒーより紅茶派だ。
このカフェは「コーヒーにこだわっています」という空気が漏れ出ていて、こんな軟派な人間が入ってもいいのか少し悩んだ。

でも、貴重な平日休みだよ?いいのかわたし?
ここでしょっちゅう行っているチェーン店に入ってしまったら、負けじゃないだろうか?誰に?自分に!

謎の熱血思考が働いて、わたしはついに入店を決めた。
重い扉を開ける(記憶のなかで重く感じているだけかもしれない)。

店主らしき人が1人。
「……お店、空いてますか?」
「空いてますよー」

ちょっと狭くて、落ち着いた雰囲気の店内。やはりお客さんはわたし一人だけ。緊張しながら席に着く。
このお店は正確にはカフェバーのようで、カウンターの中に店主が立ち、コーヒーを淹れてくれるスタイル。
わたしは当然のようにカウンターではなくテーブル席を選ぶ(人見知り上等)。

出されたメニューを見ると、コーヒーの種類が多く、やはりコーヒーに誠実なお店であることが感じられた。
(でも結局何を飲んだっけ。最低限のマナーだと思って紅茶を選ぶのはやめておいたことだけ覚えている)

ちょうどおやつの時間くらい。
ジムのインストラクターの、「今日は甘いものを食べていい」という至高の名言を思い返す。

「今週のケーキはタルト・タタンです」
店主からのすばらしいお告げが聞こえた。

上品なりんごの甘みがぎゅっと詰まった、タルト・タタン。
写真を見て思い出したけれど、頼んだのはカフェラテでしたね。

静かに本を読んでいたからか、店主はわたしをそっとしておいてくれた。分厚いミステリを読むわたしと、何かの作業を黙々とおこなう店主。その空間の居心地がとてもよく、早食いのわたしは気を付けながらタルト・タタンの味わいをゆっくりとかみしめた。

途中で常連と思しき男性がやってきて、店主と社会情勢談義をしだしたが、とくに気にならない質なので「これもまたよいBGMですわい」と思いながら読書を堪能した。

2時間ほど経って、そろそろ帰る時間。
お会計をしてもらいながら、カウンターの向かいにある棚を見る。
そこにはたくさんの猫の写真と猫の本。

実のところ、わたしがこのカフェを選んだのは店名が「猫廼舎(ねこのや)」だったからであった。
あらかじめ「お店にネコはいません」とWEBに記載されていたけれど、明らかに猫好きがやっているお店だ。

案の定、棚に置いてある写真は店主の飼い猫のものだった。
「この猫の写真集がすごく良くて、うちでも販売しているんです、もしよかったら」と本を勧められる。こんなふうに本にファンがついてくれたらうれしいよなあ、と思い、買ってみる。

おいしかったです、ありがとうございましたと店主にお礼を告げ、お店を出た。

ツイッター風に書いてしまえば、「四ツ谷で行こうと思ったパーラーに入れず、その場で検索して見つけたカフェに行った。猫好きがやっているお店で、猫の本も買った。雰囲気が良くて、タルト・タタンがおいしかった。素敵な休日だった」かな。
要素はおさえているけど、伝えたいのはそこじゃないって感じ。

自分にとっては小さな冒険だったとか、緊張して入ったけどすごく落ち着ける空間だったとか、タルト・タタンという響きだけで強くなれる気がしたとか、そういうことをことばに記しておきたかったんだよね、昔のわたし。

自分の普段考えていることを書くのも恥ずかしいけれど、何気ない日記も自分の自然なものの見方が表れてしまう気がして、それはそれで恥ずかしい。
どれだけ恥ずかしがりやねん、わたしは。

ただの日記なのに、2900字も書いてしまった。
これはおそらく、月曜日に対する無意識の抵抗なのでしょう。
ブルーマンデーの、書きたい欲への昇華。
文章を書いている時間は、自分が「今」にすごく集中しているような気持ちになる。過去のことを書いているんだけどね。

これから日記も書くようにしようかな。

そろそろ寝るとしましょう。
おやすみなさい。
明日からもまた、がんばろう。





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