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movie|グリーン・ライ〜エコの嘘〜 をみて感じたこと

ずっと観たいと思ってはチャンスを逃しまくっていた映画をみることができました!

この映画の概要は、リンク内にとても素晴らしく記載されているので省略しますが簡単に言ってしまうと“サステナブル・環境に良い”と謳っている商品たちは、本当にそうなのだろうか?を確かめるお話し。

ご想像通り(笑)、“エコ”の裏にはたくさんの過酷な事実が隠れています。実際に見ていて、日々の生活や消費行動を改めて見直そう、って思ったり全然知らなかったことや現場から伝わってくる過酷さを目の当たりにしたり。

この映画を見たからこそ、より私はどう生きて行ったら良いのか?を考えるきっかけになりました。

自分と重なるな、と思ったこと

この映画では、“環境に良い”とされる商品が実は不完全である部分がフォーカスされるタイミングがあります。

例)
- このパスタソースに入っているトマトはオーガニックではないわ
- パーム油を使っている(森林破壊をしている)商品なんて食べたくもない

(映画中の発言とは完全に一致はしてないけど、ニュアンスはこんな感じ)

私自身も環境問題に関しては気にしていて、思い通りの商品に出会えることはなかなかなく、同じようなことを思って商品選択をしていました。

正直、スーパーに行って自分が手に取る商品のほとんどが、環境配慮に完璧ではありません。
- オーガニック商品でも大量の梱包材(ごみ)が使われている。。
- パーム油が使われてなくても、代用で使われている油がオーガニックでない。。
- 商品完璧に近い!けど、海外から輸入されてる。。(しかも英語で真実もわからない)

などなど、挙げればキリがありませんが、商品を見て1人で勝手にいちゃもんつける自分がいたり、欲しい商品が設計せれていない世の中に絶望すら感じている時期もありました


そもそも自分だって不完全じゃないか

でも、そんな時思ったのです。世のもの(他人が作ったもの)へいちゃもんをつけてプンスカしているその状態、幸せだと言えるだろうか?

別の言い方をすると、世の商品は、自分ができないことを代用してくれていると私は思うのです。さっきのパスタソースも、そんなにいちゃもんがあるのであれば、自分がオーガニックでトマトを育て、腐らずに保管し、調理して食べれば良いのです。

そんな時間もない、知識もない、自分だって不完全じゃないか。できないことを商品が助けてくれているのであれば、それは本来精一杯感謝して消費するものではないか。それで十分じゃないか?って。


課題解決に完璧な解決策はない

「エコを謳っている商品がエコじゃないならどうすればいいの?!」
「感謝して消費するだけって、結局何も変わんないじゃん!」

“精一杯感謝して消費する(いただく)“
これって簡単にできそうで疎かになりがちなんじゃないかな。きっとこれが当たり前になった世の中って、とっても最高になってるんじゃないのかな。

そう思って、毎日自分なりの最善だと思う選択をして、精一杯感謝して、毎日ハツラツと生きていけたらいいなと思ってます!

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