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パステル娘の11歳の誕生日

病院に行くのが間に合わなく、
自宅のソファーで誕生した娘。
あのアクシデントから11年。

11月17日土曜日、
予定日よりも2週間早かったので、
ただの食当たりによる腹痛だと思って
ソファーに横になっていたら、
ググっと下がってきた感覚があり、、、

『産まれる?』と気がついてから
15分後には私の腕の中にいました。

救急車も間に合わず、
主人と息子と私だけでのお産となり、
数分後に到着した先生方も思わず拍手

救急車で病院に向かう途中、
お医者様が、
私の両頬を手のひらで温めてくれたのを
今でもよく覚えている。
この時、人の手から出る癒しのエネルギーって
本当にあるんだなって思いました。
心がすーっと落ち着いて、
深い呼吸を取り戻す事ができた。
現在、エステの仕事にこの時の感覚を、
お客様にも経験してもらいたいという思いがある。

それはさておき、

プロの手を借りずにお産をしてしまい、
心配も多かったが、
五体満足で良く寝て良く飲む、
健康な赤ちゃんが生まれてきてくれてホッとしていました。

その娘が、発達障害の傾向があると気がついたのは、7歳の時でした。

6ヶ月の頃からベビーシッターさんに見てもらっていて、2歳半で幼稚園に入園。

シッターさんや先生方からは、
この子は賢くてとっても良い子で
天使の様な女の子よって
毎日毎日言われていました。

でも、家ではものすごーく手の掛かる子で、
私は、先生方は私を慰めるために
優しい言葉をかけてくれているだけなのだと思い込んでいました。

私はあの頃、
語学学校に行きながら
自分のサロンも立ち上げて、
勉強も仕事もしつつ、
海外で2人の子供を育てるという、
肉体的にも、精神的にも
とても、しんどかった。


育てにくい
怒るポイントがわからない
こだわりがあると絶対に譲れない
言うことを無視して注意された事を目の前で続行する
大事なところでボーッとしてしまう
時間の感覚がない

正直なかなか子育てが楽しめなかった。

小学生になってから、
その傾向はもっと強くなって、
お稽古の先生から言われたのがきっかけで、
心療内科に行く決意をしました。

結果は、
IQが一般的な小学生の数値に比べて
高い数値が出ていて、
それが彼女の生活の妨げになっているとの事。

集団生活はできるので、
普通教育で問題は無いが、
読み書きが苦手で、テストの点数が取れない。
ただ、耳がとても良いので、
口頭では全て答えられる、、、
逆に耳が良すぎて、誰かが落としたえんぴつの音が聞こえただけで、それが気になって気になって、
拾うまでそのえんぴつに注目してしまって他の事が全く頭に入らなくなってしまう。

いつも穏やかな主人ですら、
扱いづらい娘にイラつく事も多くなり、
私は精神的な疲労感がもの凄くありました。

テストして、
現実を認められるようになってから、
娘の良いところをいっぱい見つけられる様になりました。

昔は、発達障害やグレーゾーンなどと言う言葉しかなかったと思いますが、今は、色々な特徴を持ち合わせている子をパステルカラーと呼んだりもするらしい。

今では、仕事が終わったら、早く子供達に会いたくて、家に帰るのが楽しみです!

息子や娘は、私を選んで生まれてきてくれたんだって思うと、感謝したいし、愛おしい。

私には、この子達を育てられるから、
私はこの子達と運命的に家族になった。
全ては、私が選んだ道だった事に、
なぜ早く気が付かなかったんだろう。


リザ、お誕生日おめでとう!
できない事を
できる様にする時間は
もったいないから、
できる事や、好きな事を
どんどんやって伸ばしてね。
ママだって、できない事いっぱいあるよ!

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