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『シュバルツ・アプフェル~黒果~』第二話

 眞白について行って大きな家にたどり着く。
 もしかしてここに住むことになるんだろうか?
 このときになって、やっと私はこれからのことを考えられるようになった。

「っねえ……ここは?」

 玄関先で息を整えながら同じく息を整えている眞白に聞く。

「ああ。ここ、《黒銀こくぎん》の幹部が住んでるシェアハウスなんだ」
「……は?」

 《黒銀》?

「とりあえず入ろう。タオル貰って拭かないと」

 疑問はあるけれど、眞白の言う通りだから「そうだね」と頷いた。

 ドアフォンを鳴らすことなく中に入る眞白。
 一緒に入ると、目の前にある横開きのドアが開き同年代の男の人が現れた。

「なんだ? 誰か来たの?」

 金色に染め上げた髪に、こげ茶の目。
 大人っぽい雰囲気なのに、どこか無邪気さを垣間見せる目だった。

「あ、颯介そうすけさん。スミマセン、タオル貸してもらえませんか?」
「うわ、眞白びしょ濡れじゃん! つーかその子って……」

 颯介と呼ばれた彼は驚いた顔をしてこちらに近づいてくると私に視線を向ける。

「あ、はい。義姉さんです」
「はーん。あんたがユキちゃんね。タオル持ってきてやるから待ってな」

 眞白の紹介とも言えない説明だけで何故か納得した彼はすぐに戻って行ってしまった。

「……ねえ、眞白?」
「何?」
「ユキちゃんって、何?」

 多分私のことなんだろうけど、初対面の人にあんな愛称みたいな呼び方されるとは思わなかった。
 それに、颯介さんは私のことを知っているみたいな様子だったけれど……。

「ああ……義姉さんのことは兄さんがよく話してるからな」
「にい、さん?」

 予測していなかった言葉に、私は動きを止めてしまう。
 金多くんは実家住みだと眞白が以前言っていたから、その兄さんとは眞白のもう一人の兄ってことになる。

 でもあの人には七年前に一度会っただけのはず。
 そんな頻繁に話すほど私のことを知ってるとは思えない。

 ……ただ、その一度会ったときの別れ際の言葉がよみがえる。

『お前が欲しくなったよ、雪華』

「っ!?」

 いやいや、あれはどっちも小学生の頃だったし!
 まさかと首を振っているうちに、颯介さんがタオルを持って戻って来た。

「で? どうした? ユキちゃん連れてきたってことはついにギンのになるのか?」

 ギンのになる?
 それって。

「いや、それとは違うくて……」

 一気に不安になる私をおいて、眞白が話す。

「ん? じゃあ何で連れて来たんだよ?」
「それは家庭の事情ですね。詳しいことは兄さんに直接言いますよ。今いますか?」
「いや。しばらくしたら戻ると思うんだけど……とりあえず中入れよ。ユキちゃんにも説明は必要だろ?」
「そうですね」

 二人の会話を聞いていてもハッキリしない。
 でも説明はしてくれるみたいだったから、私は促されるまま家に上がった。

 すぐ目の前のドアはリビングらしい。
 入って左の壁際には何だか沢山のパソコン画面が見える。
 そしてその前にはそっくりな男の子が三人いた。
 三人は揃ってキーボードで何か打ち込んでいる。
 颯介さんが「はいちゅーもーく」と声を上げると、カタタタタッと軽快な音の後に三人が揃って振り返る。

「まず俺達の紹介だな。俺は三杉みすぎ颯介。ユキちゃんの一つ上になるかな? 《黒銀》の副総長をしてる」

 と、まず自分の自己紹介を始めた颯介さん。
 また《黒銀》?
 っていうか、副総長って……。

「で、そこの三つ子はクロ、セキ、ハク。誰も見分けつかないから三つ子って呼んどけばいいよ」
「ええ?」

 アバウトすぎる説明に戸惑うけれど、彼らは気にした様子もなく揃って片手を上げて挨拶してくれた。

「よっ」
「ども」
「よろしく」

「よ、よろしく」

 本当に見分けつかない。
 髪色も髪形も、目の色も耳の形も。全部が同じにしか見えなくて私は早々に見分けるのを諦める。

「で、三つ子。この子がユキちゃんだ!」

 そして颯介さんは簡潔すぎる私の紹介をしてくれる。
 いや、せめて本名で自己紹介させて。

「おお、この子が梶白雪華」
「真ん中取ったら白雪」
「総長の女予定だから、まさに白雪姫」

「は? 総長? 女予定?」

 意味が分からなくて聞き返すと、颯介さんが呆れたような声を上げる。

「おい眞白。まさか話してないのか?」
「あーうん。話すタイミングも掴めなくて……」

 私を挟んで交わされる会話にいい加減腹が立ってきた。

「ちょっと眞白!? ちゃんと説明して!」

 本気の怒りモードになった私に、眞白は姿勢を正して「はい! お義姉様!」と叫んだ。

***

 ソファーに三人で座ってちゃんと話を聞く。
 三つ子はまた画面に向かってカタカタやり始めたけれど。

 とりあえず、このシェアハウスは暴走族《黒銀》の幹部が住んでいる場所らしい。
 颯介さんと三つ子、そして総長でもある眞白の一番上の兄。
 他にも二人いるらしいけれど、今日は帰ってこないとかで紹介はまた明日と言われた。

 一通り話を聞いて私は確認するように質問する。

「姫って、総長の女の事って言いました?」
「ああ」
「私が?」
「そ」
「……なった覚えがないんですけど?」

 どうして小学生の時に一度会っただけの人の女――つまり彼女ってことになっているのか。
 なった覚えもなければ了承した覚えもない。

「まあ、あくまで予定ってことらしいけど……ギンがそうするって決めたなら遅かれ早かれそうなるだろうしな」
「はい!?」
「だって、俺あいつが言ったことを叶えられなかったトコ見たことないし」
「は?」
「そういえば俺も見たことないな。兄さんが望んだもの手に入れられなかったところ」

 視線を斜め上に向けながら眞白も思い出すように同意する。

 まあ、でも確かに。
 と、私も七年前に一度会ったときのことを思い出して考える。

 当時十一歳だった彼は、すでに達観しているような少年だった。
 生まれ持って能力が高かったのか、一通りのことが一度で出来てしまうと言っていた。
 そんなだから、十一歳にして人生をつまらないとか言ってしまうような子供だった。

 確かに、二人の言う通りの人かもしれない。

「ま、そういう事だからユキちゃんがギンの女になるのはほぼ決定ってみんな思ってるってこと」

 ……だとしても、私は納得いかない。

「私は了承してませんけどね!」

「まあ、とりあえずそれは置いといて……。そういうわけだから、俺兄さんに言われてたんだよ」
「……何を?」
「義姉さんが、兄さんのものになる気になったら連れて来いって」
「……は?」

 えっと……とりあえず私はあの人のものになるとか了承していない。
 でも、現状は眞白に連れてこられたって状況で……。
 私はバッと立ち上がって荷物を手に取る。

「私、ここに住むのは無理!」
「義姉さん待って!」

 すぐに決断した私。
 でも眞白に腕を掴まれて止められた。

「ここを出てどこに行くって言うんだよ!?」

 その言葉にピタッと私の動きも止まる。

「俺、ここしか義姉さんを安心して預けられるところないんだ。それに一人にさせたくないし……」

 眞白の気遣いは素直に嬉しかった。

「とにかく落ち着いてくれよ。兄さんにはちゃんと説明するから」
「……うん」

 眞白の言葉に一応納得し、力を抜くと颯介さんが口を開く。

「んーと……とにかく今日ここに泊まるのは確実なんだろ? じゃあとりあえずシャワーでも浴びて体あっためてきたら? タオルで拭いただけじゃあ風邪ひくだろ」

 話がついたと判断したのか、颯介さんがそう提案してくれる。

「そうですね。使わせてもらっていいですか?」
「どうぞ」

 颯介さんに進められるまま、私はシャワーを使わせてもらう。
 眞白も温まった方がいいんじゃないかって聞いたけれど、家に帰って温まるからと断られた。

 温かいシャワーを浴びて、体だけでなく心も温められていくような気がして少しホッとする。
 悲しさはまだあるし、どうしていいのかも分からない。
 それでもとりあえず、人心地ついたような気分にはなった。

 そうしてリビングに戻ると、眞白の姿がないことに気づく。

「あれ? 眞白は……」
「ああ、眞白なら帰ったよ? 何か父親から電話が来たみたいで、血相変えて出ていった」
「は?」
「ギンへの説明は電話でするから心配するなって言ってたし……まあ大丈夫だろ」
「……」

 血相変えて出ていったってくらいだから何かあったんだろうけど……。
 不安はあるけれど、説明の方はちゃんとしてくれるというなら詳しいことは明日聞こう。

「じゃあ部屋案内しようか? 一昨日ハウスクリーニングが入ったばかりだから使えるっしょ」

 そう言って立ち上がる颯介さん。
 丁度そのとき――。

 カチャ……バタン

 と、玄関のドアが開き閉まる音がした。
 もしかして、と思うと同時に颯介さんが「お、帰って来たな」と口にする。

 私は立ったまま玄関に続く横開きのドアを凝視した。
 そんな私に視線をやった颯介さんは、面白そうに、何かの演出でもするかのような口調で話す。

「さあ姫、お待たせしました。彼が《黒銀》のトップ。魔女と呼ばれる、最強の総長だ」
「――っ!」

 《魔女》

 その名称に、忘れかけていた昨日の光景を思い出す。
 時計塔で出会った美しく妖艶な魔女。

 同一人物なわけないと否定するけれど、心のどこかで納得していた。
 眞白の一番上の兄。
 彼なら、魔女のように美しく成長していてもおかしくないと思ってしまったから。

 それでも認めたくない気持ちが沸く。
 だって、彼が昨日の魔女なら……私は否応いやおうなく彼に惹かれてしまうのが分かっていたから。

 でも、私がどんなに否定しようとしても現実は変わらない。

 ガラッ

 音を立てて開いたドアの先から現れたのは、紛れもなく昨日会った魔女だった――。

第三話:https://note.com/rin_himura61132/n/n2bc9b629a8e8

#創作大賞2023

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