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1キロの鶏肉に、100グラムの空しさを添えて。【散文】

そうだ、1キログラムの鶏肉を焼いたら、きっと良い日になるんじゃないか!


休職して一月目ひとつきめのことだったか、二月目ふたつきめのことだったかは覚えていないのだけれど、とにかくそれくらいの頃に、僕はそう思い立った。

そう思い立って、二日が経った。疲れ果ててしまった僕の体は、鶏肉を1キロ焼くという偉業を成し遂げるのに二日を要した。近所のスーパーで買ってきた鶏肉は、合計900グラム。カットしてある鶏肉が入ったパックが2つ、調理台の上に乗せられた。


あとの100グラムは、見なかったことにした。四捨五入という便利な技を、僕は小学生のときに教えてもらっていた。


油を引いたフライパンに鶏肉を敷き詰めていく。平日17時の山手線のように。


火を付けて、少ししてから、電話が鳴った。実家の母親からだった。

「ちょっと算数教えてあげてよ」

学校を休んだ小学生の妹のために、教えを請われた。

鶏肉の焼ける音がする。

通話をスピーカーモードにして、マルチタスクが始まった。今日は、一人でゆっくり鶏肉を焼くはずだったのだ。1キロの鶏肉を。夢の詰まった鶏肉を。スマホも触らず。鶏肉に向き合って。


鶏肉のためだけに使うはずだった時間は、だけれど、LINEに送られてくる写真を見ながら電話で式を書かせ解説するという時間と共存を強いられた。

ごめんよ、僕の鶏肉。


そうして、僕が妹の置かれた状況――つまり、何を知っていて何を知らないのか――を解明できたくらいの時間に、鶏肉が焼けた。


皿へ盛って白米と一緒に食べた。もちろん算数を教えながら食べた。1キロだったはずの鶏肉は、900グラムに変わってしまった鶏肉は、少しパサついていた。



休職とは、そういうものだった。


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