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【摂食障害】摂食障害へのはじまり
※注意※
こちらの文章は間違った考え方や間違った方法です。絶対に真似しないでください。
前回↓
ダイエットについて全く知識のなかった私は最初、運動から始めました。夜のランニング、夜の食事を控える、お菓子禁止。よくある方法ですね。
しかし、毎日のランニングはそれなりに大変で、いつしか 「めんどくさい」 と感じるようになりました。
全く楽しくなかったのです。
もう辞めてしまおうか?
一気に痩せる方法はないのか?
何度もそう思いました。走るのは好きじゃないし、疲れるし。
それなら、食べなきゃよくない…?
運動しないなら、食事を減らせばいい。
ダイエットへの知識がなかった私は、ダイエットをするにあたって1番やってはいけないことをやってしまいます。
それからの行動は早く、夜の白米を辞めました。「そういうことをするのは辞めなさい」 母親からはそう言われることもありましたが、ダイエット中だから、と聞く耳はもちません。思えば、この頃から既に摂食障害へ一歩進んでいたんだと思います。
夜の白米を辞めて間もなく大学へ入学しました。
以前よりも痩せた体を手に入れた私はこの頃やる気に満ちていて、色々なことを頑張っていたと思います。勉強はもちろん、まわりとのコミュニケーション。でも、やっぱりいくら自分が頑張っても、まわりは自分よりも優れているし、頭も良いし、かわいかった。それでも 「スタイルがいいね」 「羨ましい」 と言われることもあって、すごく嬉しかった。
女子大の私の周りにはもっとスタイルの良い人、美人な人、お洒落な人。たくさんいました。あの子私よりも細い。と嫉妬もしました。
勉強はもともと苦手で、なんとかついて行くのが精一杯。
何かひとつでも周りよりも優れているものが欲しかった。
なにか1番になりたい。
もっと痩せなきゃ。あの子よりも細くならなきゃ。
もう、その事しか考えられなくなりました。
そしてこの頃からわたしは平気で嘘をつくようになりました。
「夜ご飯は友達と食べて帰るね」
そう言って家での食事をしなくなりました。これで夜ご飯は食べなくて済む。加えて、お昼ご飯はコンビニのおにぎりひとつ。お昼は何を食べているかなんて親には分からないもの。
この時に初めて 「置き換えダイエット」 というものに出会いました。「1食置き換えたら痩せました!」「美味しいから続けられる!」こういった広告や口コミにまんまと影響され、ネットで初めて置き換えダイエット食の 「おからクッキー」 を購入しました。
この置き換え用のおからクッキーに出会ってから、お昼ご飯がコンビニのおにぎりから、おからクッキーに変わりました。友達にはダイエットをしていることを知られたくなかったので、見られたくないという一心で私はせっかく出会った、大学での新しい友達と離れていきます。
学校が終わると駅でずっと時間をつぶしたり、地元の図書館で時間が過ぎるのを待っていました。そうして21時をまわった頃、自宅に帰ります。そのままお風呂に入り、自室に籠ってしまえば両親と顔を合わせなくて済みました。
もうこの頃には通常の思考は働いておらず、感覚が麻痺しています。置き換え用のクッキーは主食になりました。それを続けること数ヶ月。
身長155センチ、体重32キロ。
それでもまだ痩せたいと思っていたし、" 体重は減らすもの " だと思っていました。
そして季節は秋。アドレナリンでなんとか動いていた身体もやがて動かなくなっていき、徐々に体力もなくなり、ついに学校へ行くことができなくなりました。親には迷惑をかけられないので、「行ってきます」 と家を出て、近所の図書館へ。そこにあるフリースペースで1日を過ごします。
休む時は連絡。当たり前のことができませんでした。大学へ行かないと単位が貰えないし、卒業できない。分かっていましたが焦りとかは一切なく、何も感じませんでした。それでも食事制限は続き、遂に29キロ程になった頃、大学から自宅へ電話での連絡が行きます。ここでようやく私が大学へ行っていないことを親が知ります。
この日帰宅すると、母が 「どこへ行っていたの?」 と。学校から電話があった、最近ずっと行ってなかったんだってね。
うるさいな、放っておいてよ。
そんなことばかり言う私と徐々に家族間も拗れていき、この頃の家族の空気は最悪でした。もともと仲の良い家族ではありませんでしたが、仲の悪い家族では決してなかったです。でもこの頃は仲の悪い家族になっていました。
家に帰ると食事のことばかり指摘されます。「今日は何を食べたの?」 「これからは一緒に食べるんだよ」 食事を見張られ、不審な行動の多い私の部屋を物色し、保管していたダイエットクッキーを見つけられてこれはなに?と言われたこともありました。
それから数ヶ月が過ぎ、最悪の関係のままお正月を迎えます。親が食事を出してくれましたが、食べるのが嫌でずっと寝ていたら物凄く怒られて泣きながら食べたのを覚えています。
この頃は食べ物に対しての恐怖心が強くあり、カロリー計算をしないと生活できませんでした。どうしよう、食べちゃった。太るの嫌だ、こわい。
明日調整しなくちゃ。
そう思っていても、お正月休みで自分も両親も休みで、一緒に食事をしなければならない環境。毎日が恐怖で、ふらふらの中食べたカロリーを消費しようと外へ運動に行ったりもしました。しかし身体は限界寸前で、駅の階段を上がるので精一杯。節々が痛かったし、椅子に座っていても骨が当たって痛くて、クッションがないと座れない。出歩けば、すれ違う人々に変な目でジロジロと見られる。
私は普通じゃないもん。
どうしたって何をしたって満たされない毎日。
わたしはこのまま死ぬんだ。
そう思っていました。
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今思えば、大学の友人たちはどんどん痩せていく私を心配してくれたり、気を使ってくれていた行動や言動を思い出します。でもその気遣いさえ邪魔だと当時は感じていました。