好きな小説家に手紙を送った14歳のころの話。

私は小さいころから小説家を目指していた。THE理系人間ではあるが、文章を書くこと、創作をすることが好きだった。なぜそうなったのか、それはおそらく、読書が一番影響している。

母親が読書家だった影響で、小学生のころから週に1冊は本を読む暮らしをしていた。しかも母親の愛読書である、「高橋克彦」氏の本を、当時出ていただけのもの全て読んだ。小学生に読ませるような本ではないとは思うが、とりあえずその影響で日本史が大好きになった。(理系だがセンター試験は日本史でうけた。バカだったと思う。今なら倫理政経をとる)

高橋克彦氏をご存じない方は、是非読んでほしい。特に、浮世絵作家を題材とした小説は面白く、淫乱な雰囲気もあり、当時の私のオナニーネタにもなっていた。(明らかに文学的作品ではあるが、当時9歳だか10歳だかの私にはかなり刺激的だった。特に、主人公が女性一人を囲い集団で犯しているさまを、作り笑いを浮かべながら絵にしたためるシーンは、20代後半になった今でも忘れない)

そんな読書家だった私に、小説を書かせた最大のきっかけの一人が、矢口敦子先生だ。彼女の代表作である「償い」は、14歳であった私の心にしっかりと革新的な矢をさしてきた。「私が好きな小説や、好きな作風、好きな世界観はこれだ!!!」と、確証たるものを得たのだ。

「償い」は、いわばミステリー小説ではあるが、私にとっては人生観を描いている小説だと感じた。人の気持ちが分かる少年と、ホームレスとなった元医者の話である。(すまない、人の気持ちが分かるだったか心が読めるだったかは忘れたが、神秘的な美少年がその少年である。たしか、不思議な力を持っていた)

物語を簡潔に説明するとこうだ。
少年が、ずっと寝たきりの延命治療を受けている病人の心を感知する。病人は、苦しい、つらいと言っている。だから、延命治療をやめさせた。しかし、日本では安楽死は認められていない。正義とは?善とは?なに?

みたいな、こんな話だ。これを読んだ日も覚えている。私が中学二年生、14歳にはまだなっていないが、世間一般的に言う人生で一番バカな時。次の日は定期テストがあった。当時の私はなんのために勉強をするのか分かっておらず、いつも平均的な点数しかとっていなかった。勉強は好きでも嫌いでもない。しかし、本を読むのは好きだった、そんな人間。

定期テストの勉強もせずただひたすら償いを読み、読み、読み、読み終わったのは23時。寝なければならない時間だ。さらに、勉強もしなければならない時間だった。

そんなことは今の私であれば分かっているが、とにかく熱い気持ちを抑えることができなかった。部屋を飛び出し、2階にいる母親めがけて階段を駆け下りる。リビングには母親がおらず浴室の扉へと向かった。中では母親が裸で風呂掃除をしていて、何も言わずに扉を開けた私を驚いたように見ていた。

「償い読んだ!すごく感動した!だけど私は、安楽死は正義ではないと思う!だから先生に感想と、自分の気持ちを伝えたい!!!!」

(今の私は、安楽死は正義だと思う。しかし、当時の14歳の私にとって、安楽死は本当に正義だろうかと疑っていたのも確かだ。知識や経験、情報が極端に少なかったのだから、仕方ないかもしれない)

そんな私に、母親はこういった。普通なら、勉強しろだのなんだのと怒るはずだが、私の母親はどこかおかしい。

「よし、じゃあ今すぐ手紙書いてきな。明日ママが送ってあげるから」

その一言で私は、一切勉強せず、ただひたすらに矢口敦子先生へ、おおよそ5枚だか7枚だかありえない数の手紙を書き、母親に託した。
何を書いたのかは覚えていない。私は今中学二年生ですとか、安楽死は正義ではないと思うだとか、とても面白かっただとかそんなことを書いた気がする。

もちろん、テストはボロボロだった。最悪な結果だった。しかし、それ以上に良いこともあった。

矢口先生から直接、お返事をいただけたのだ。

学校から帰ってきたら、矢口先生からの手紙があった。直筆は汚いからワープロで書きますねと丁寧に、(名前だけは直筆であったが)とても長いお手紙をいただけた。

内容は、私の手紙を読んだ感想や、いろいろなお言葉。安楽死は正義ではないというその考えの根幹は、揺るがないでほしいやらなにやら。とても知的な文章に、私ではなく母親が感銘を受けていた。

手紙の最後にはこうも書かれていた。

14歳。中学二年生。人生で一番沢山のことを吸収する賢い時期ですね。どうか、サワキさんも多くのことを吸収し、賢い大人になってください。

賢い大人って、なんだろうか。私は今、大人になったが、本当に賢い大人になれているのだろうか。矢口先生の言っていた言葉に影響されて、私はその日から勉強し、偏差値もぐんぐんあがった。第一志望であった医学部は落ちてしまったが、それでも多くのことを勉強した。

学んだ、知識を得た。ニュースにも注目するようになった。知らなかったことが多いと知った日は、新聞にも目を通した。

なぜなら、賢い大人になりたかったからだ。

政治家やなんやら。戦争やらなんやら。子育て資金を倍増にするとは言うが、実際に出生率が上がらなければ上げないとかいう支離滅裂な言葉。異次元の対策とかいう異次元な言葉。そんなことを言う大人は多くいる。

子どもの声がうるさいから公園をなくせとか、自己中心的な大人だってたくさんいる。

私は、賢い大人がどんな大人なのかはわからない。それでも矢口先生に言われた言葉のように、多くの知識や情報を得て、自分の考えを持てる大人になりたいなとは思っている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?