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短編小説:チェックメイト
「チェックメイト、また私の勝ちだね」
「……もう一回、勝負しないか?」
彼はそんな負け惜しみを言った。
私たちはここで毎日のようにチェスをしている。いつも学校が終わったらうちに来て、雑談も交えながらチェスをしている。日によっては泊まりで夜通しやるくらいだ。そして、最近の雑談のテーマは一つに決まっている。
「さて、今日は今日とてアレについ話し合いますか」
「なんでそんなに好きなんだよ」
彼は呆れるように言った。
「だって、興味が湧いて仕方ないし。絶対警察よりも先に見つけたし…」
最近の雑談のテーマ、それは最近この街で起きているある事件についてだ。
数週間前からこの街の各地で殺人事件が起きている。老若男女問わず様々な人が被害に遭っており、目撃情報も出ている。
「情報を改めて整理しよう。被害者は老若男女様々、この街の各地で犯行が行われていて犯人の特徴は男性ということだけ」
「普通に考えて犯人を見つけるのは無理だと思うけど…まず、犯人は一人か複数か、犯人の目的は何か、という点はどう思う?」
「う〜ん、目撃者の証言はどれも一致しているから単独犯の可能性が高い気がする」
私は淡々と自分の考察を語っていく。
「目的は…被害者達に共通点が特にないから復讐とかの私情ではないはず。ある種のテロ行為とかならこの街だけ犯行しているのは妙だし、誘拐犯と考えるのが妥当なんじゃないかな」
「じゃあ犯人像は?」
「………」
「それで、どうやって犯人を特定するの?」
「特に考えてない…」
正直、犯人を見つけるのは無謀だとわかっている。そう簡単に見つけれたらとっくに捕まっているはずだ。
「まぁ、考えるだけタダなんだしゆっくり突き止めるとしようよ。はい、チェックメイト」
「なんでそんなに強いんだか…」
そうして、いつの間にか日が暮れており彼は帰っていった。
「今日はチェスしないんだ…」
「たまには気分転換しないとね。今日は散歩しながら話そうよ」
数日後、私たちは二人で出掛けた。
「にしても、君は本当に暇だね。毎日チェスをしに来てるし、こうやってついてきてるし」
「お互い様でしょ。まぁ、今は暇なんだけど」
「今はってことは、いずれ忙しくなったりするの?」
「さぁ、どうだろう?その予定ではあるけど、それよりも先に死ぬことになるかもしれない」
そんな不謹慎なことを言う彼に
「犯人に殺されて?やめてよそんなこと言うの。君とチェスできなくなったら寂しいし」
と本音を言ったのだが
「いつもボコボコにしてくる癖によく言うよ」
そう嫌味を言われてしまった。
しばらく歩いていると、スマホから通知が来た。ニュースアプリからの通知だった。それを見て思わず顔をしかめてしまった。
「どうかした?」
「また、被害者が増えたらしい。しかも学生、君と同じ学校の中で殺されたんだって」
「恐ろしい世の中になったものだね」
「君も気をつけなよ?」
「大丈夫。心配いらないよ」
彼はそんな他人行儀な事を言った。
その日の夜、私は一人で考えていた。あの事件、正確には昼頃に見たニュースについてだ。あの時なんとなく流していたが、冷静に考えれば変だ。
何故学校内で殺害できたのだろうか。普通であれば関係者でなければ学校の中には入れない。それに、学生が学校内で殺害されたのであれば他の学生や教師等に目撃されてもおかしくない。関係者でもない人間が目撃されればすぐに逃げなければいけなくなるだろう。
だとすると、犯人は学校の関係者で被害者と二人きりになった後、殺害したという感じだろう。
後日、その考察を彼に伝えると
「そっか、確かにそうかもね」
何故か寂しそうに彼は言った。
それから二、三勝負した後、彼は帰っていた。いつもより一時間程早く。
そして、そこから数日間彼は来なかった。私は一人でチェスをしていた。勝つか負けるか分からないドキドキ感、何気ない雑談、それらがないのは本当に退屈だった。それでも、殺人は次々と起こっている。
しかし、それを考えるのも正直飽きた。いや、飽きたというより考えなくていいと思っている。私はこの事件の犯人に薄々気付いていた。
数日後、久しぶりに彼が来た。何故来なかったのか聞こうとしたが、敢えて聞かなかった。する事は決まっている。もちろんチェスだ。今日は雑談せず、お互い集中している。勝負が終盤に差し掛かったところで話を切り出した。
「なんで今まで顔を出さなかったの?」
「最近ちょっと忙しくなってて、考えることが多くなってただけだよ」
「そう…」
「…」
「…」
再び沈黙が流れた。
「最後に一つだけ聞いてもいい?」
「何?」
そして、私は彼にずっと気になっていた質問をした。
「君は私とチェスして楽しかった?」
「もちろん、負け続けてたけど人生で一番楽しい時間だったよ」
その言葉を聞けて私は安心した。いつも勝ってばかりだったので、彼は楽しくないのかと思っていた。
「よかった、私も楽しかったよ」
私は笑みを浮かべながらそう言った。
そうして、私は最期の一手を指した後、ゆっくりと目を閉じた。
後悔はしていない。だが、彼女との時間は楽しかった。彼女がこの事件に興味を持った時から、なんとなく予想はできていた。それでも少し堪えるものがある。彼女との最後のチェス。本気でやっていたのか手を抜いたのか分からないが、初めて勝つことができた。嬉しくもあり、虚しくもある。
そうして、僕は最後の一手を指し血濡れたナイフを持ちながら呟いた。
「チェックメイト」