恋愛小説|恋の観察日記 第2話:嘘の告白と予想外の顛末
※一条岬さんの『今夜、世界からこの恋が消えても』のオマージュ作品です。
僕は自分を驚かせることなく、その生涯を送るものだと信じていた。
自分らしくないとか自分が信じられないとか、行動した後にそんな感想を持って驚くことなんてないと思っていた。だけど、その日の放課後、自分自身に驚くことになる。
新しい学年になり1ヶ月が経った。幼馴染の葵とは今年もクラスが別れてしまった。新しいクラスになじみ始めた頃、クラスの男子生徒数名により特定の男子生徒への嫌がらせが始まっていた。
公立の進学校に努力して入学したものの3年生のクラス分けで落ちこばれ組に回された腹いせだろう。考えは分かるが共感はできない。
ターゲットにされているのは僕の前の席の井上くんだった。
友達付き合いを拒んでいるわけではないが、僕は教室で本を読んでいることが多く、あまり積極的に人と関わったりはしなかった。
それでも、善良そうな人間目の前で苦しんでいるのを見ていられなかった。
「お前らさ、そんなことして何になるんだよ」
僕がそう言うと、教室の時間が一瞬止まる。主犯格の男が振り向くとニヤリと笑った。
その瞬間から標的が僕に移った。やっぱりそうなるよな、と冷めた心で思った。ただ、そこまでは別に良かった。
子どもじみた嫌がらせも、いわれのない陰口や嘲笑いもなんでもない。
でもそれを全て無視していたら、つまらないと思ったのか標的が元の生徒に戻ってしまった。連中は今度は隠れて嫌がらせをやり始めた。
それが原因で前の席の井上くんは学校を休みがちになる。
「いい加減にしろよ」と僕は静かに腹を立てながら連中に言う。
「じゃあ、お前が一つでも言うこと聞いてくれたらやめてやるよ」と主犯格の男が応えた。僕はその提案を受け入れた。
ある程度の覚悟は決めていた。しかし、男からの命令は
「今日中に一組の藤原葵に告白してこい」という中学生みたいな内容だった。よりにもよって、幼馴染の葵に告白することになってしまった。
その日の放課後、僕は葵のクラスの教室に入った。そして僕は連中に監視されている中で命令を実行した。
「付き合ってもらえませんか」
高校3年生の5月27日
申し訳なさそうに立っている、神谷壮馬(17)。
僕は葵に嘘の告白をした。
目の前にはキョトンとした様子の藤原葵(17)。
葵の目線は壮馬の背後に移る。
男子生徒がたちが悪ノリでスマホをこちらに向けてきている。
『僕が本気じゃないことは葵にも伝わったはず』
葵の視線が壮馬に戻ってくる。
「いいですよ」
「え……?」
僕は葵の返事に驚き、言葉を失いかける。それは見ていた連中たちも同じだろう。葵には後で事情を話してから謝るつもりだったが、何も躊躇わずに僕の告白を受け入れた。
僕の通う高校の進学クラスは3組まであり葵は1組、僕は3組に所属している。葵とは小さい頃からの幼馴染であり、小学校から高校まで全く同じところに通っている。高1までは同じクラスだったが、その後のクラス替えでは2年間お互い別のクラスになり、さらには去年の春に葵が事故に遭ったのをきっかけに葵と話す回数は減っていった。
「それじゃあ、明日から恋人同士ってことでよろしくね。壮馬」
「うん」
そう言って僕が教室から出ようとすると
「壮馬、久しぶりに一緒に帰らない?」
と葵が言った。確かに、高1までは一緒に登下校をしていたがそこから2年間は別々に帰っていた。
「いいよ、荷物取ってくるから待ってて」
そう言って僕は自分の教室に戻った。
教室に戻るなり、僕の振られざまを見ようと隠れていた連中たちが面白くなさそうに教室に入って来た。
「お前さ、本当、なんなの?」
主犯格の男が吐き捨てるように言葉をぶつけてきた。
「言われたことをやっただけなんだけど……」
僕がそう言うと連中は無言で教室から出て行った。
荷物をまとめ僕は葵の教室に再び向かった。
今までの人生で異性を好きになったことなんてなかった。
もちろん、葵とは小さい時からずっと一緒に居たため恋愛感情など抱いたこともない。
「一緒に帰るなんて1年生の時ぶりだね」
「そうだね」
少し沈黙の時間が続く。僕の隣を歩いている葵に嘘の告白をした事情を説明するべきか悩んでいた。でも、あの時「いいですよ」と告白を受け入れられた以上、今さら言い出しにくい。
「壮馬、明日の放課後って空いてる?」
「空いてるけど、」
「明日の放課後、今後のことについて2人で話さなさい?」
「わかった、いいよ」
僕は葵からの提案を受け入れた。
明日の放課後に誤解を解くのがいいかもしれない。その時なら少しは考えもまとまっているかもしれない。
そんなことを考えながら僕は葵と帰宅の道を歩く。