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恋愛小説|恋の観察日記 第3話:五月が好きな僕と守護神



※一条岬さんの『今夜、世界からこの恋が消えても』のオマージュ作品です。











翌朝、僕は登校途中に空を見上げた。五月の空は高く、青い。もう少しで終わってしまうが、僕は五月が好きだった。それは昔、姉から五月病を嘘の意味で教わっていたことが関係していると思う。桜も散り、四月の忙しない時期を過ぎると人が落ち着ける季節になる。若葉を眺めたりして時間を過ごせるようになり、皆んなが少しのんびり屋さんになる。それが五月病だと、なんとも雅な意味で教わった。
姉は草木のように物静かな人だった。でも、時々真面目な顔をしてそういう嘘を僕に言った。そんなことを思いながら駅に向かう。途中の公園の茂みに青々とした緑の葉を見つけた。その美しさに感じた。五月病、なんと雅だ。

「その、興味深い話の途中で恐縮なんだけど、さっきから高橋さんこっち見てない?」
休み時間に前の席の井上くんに五月病にまつわる話をしていたら突然そんなことを言われた。
「廊下、見てごらん?」
と促されて目を向けた先には美人だけど気難しそうな女性が立っていた。
葵の友達の高橋だった。昨日の放課後、葵を呼び止めた時も彼女は葵の傍にいた。僕は廊下に出て高橋さんの近くに行った。
「高橋さんだよね」
「高橋でいいよ、ちょっと聞きたいことがあって探しちゃった」
「それで、僕に何か用かな?」
「藤原葵のことなんだけど、付き合うって本当?」
そう聞かれると想定はしていたが上手く言葉が出てこない。
「まぁ、そんな感じ」
とりあえず肯定すると高橋は驚いていた。
「なんで急に?葵と面識あるの?」
「実は、小さい時からの幼馴染なんだよね」
そう言うと、高橋は考え込むような顔になった。
「つまりは一目惚れってこと?」
「まぁ、そんな感じかな」
熱量のない返答に苛立ち、高橋の語気が強まる。

「どんな感じよ」
「いや、だからまぁ・・・」
「いきなりこんなこと言うの印象悪いかもしれないけど」
「何?」
「たとえ、葵と幼馴染だとしてもノリとか遊びだったら、やめてあげてくれないかな?」
「・・・・・」
僕が高橋に睨まれ戸惑っていると、救いのゴングのようにチャイムが鳴る。
「今日の放課後に葵と話すからこの話はまた今度でもいいかな?」
はぐらかす様に言うと、高橋が僕を見据えた。
表情の変えない彼女が何を考えているのか窺い知ることはできない。
高橋の目が一瞬、揺れる。

「ごめん。一応、自覚はあるんだけどさ。会っていきなりこんなこと言って、私、変な人だよね。悪い人じゃなさそうだし、葵のこと傷つけたりしないよね。本当ごめん、会って少し話してみたいって思いがあってさ」
僕は下手な作り笑いを浮かべる。
「あ、そうだ。何か葵のことで困ったりしたことがあったら、遠慮なく相談してよ。連絡先の交換くらい、いいでしょ?」
連絡先を交換すると高橋は去って行った。

今すぐに葵と話したくなったが昨日の帰り道に「明日の放課後に話そう」と言われたこと思い出し教室に戻った。自分の椅子に腰掛けた時、前の席の井上くんが恐る恐る尋ねた。
「壮馬くん、高橋さん何の用だったの?」
「いや、なんか落とし物届けてくれただけだった。」
僕が煮えきれない様子で居ると井上くんは俯いた。
「ひょっとして僕、また壮馬くんに迷惑かけちゃったよね」
「そんなことしてないよ。どうしたの?」
「一組の藤原さんに告白したって聞いたけど、ひょっとして僕を庇うために押し付けられたのかなって思って」
切々と告げる口調から井上くんの純粋さが伝わってくる。井上くんは他の男子生徒に比べて少し暗い印象をしている。そのため、色んな人たちからからかわれることが多いが心根の美しい人だった。

帰りのホームルームが終わり、放課後の時間になった。部活に向かう生徒や帰宅する生徒が次々へと教室を出て行く。
僕は帰宅する井上くんに挨拶を済ませ、葵と話す約束があるため時間まで教室で読書をして時間を潰すことにした。

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