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短編小説:夜はまだ明けない



時刻は深夜1時。
たまに暴走族の様な輩がバイクで大きな音を出して走り回る時間。
そんな時間に目が覚めてしまった。覚めたくなかったと言えば嘘になる。
なぜなら、別に覚めた所で問題無いからだ。
ただ思う事があるとすれば、覚めた所為で昼間に眠気が来る。それが面倒だなと思うだけ。
こんな事を一々考えていてはキリが無い。こんな事は当たり前の事柄だと思う他無い。時計の針が音を鳴らすことは無い。

電池が切れていて、動く為の力が無いからだ。それでも僕の部屋に居座り続ける。アナログ時計。かつては当たり前となった物が徐々に当たり前では無くなってきている。その事実に対して、現存させようとする僕なりの想い。部屋の電気を点けるが、特に何も無い。

毎日見る部屋に変わり映えを求めたとて意味は無い。
自分が生活しづらくなるだけで、それ以上にいい物事があるのかと問われれば違う。全く以て無い。
外は騒がしい。が、今日は暴走族の音ではない。今日は風の音。台風でも近づいてきているのだろう。そんな情報は一切無かったが。
「まだ起きているのですか?」
僕が部屋でボーッとしていると外から声が聞こえた。聞き馴染みの無い声は僕へ質問をしている様で、どこか寒そうだった。
「まだ起きていますよ」
頭が覚醒し切っていないので、ウトウトとした状態のまま返事をする。
「どうしてまだ起きているのですか?」
声は僕に再度質問を投げ掛ける。

「目が覚めてしまったんですよ。自分の意識とか周りの状況とか関係なしにね。起きたいと思って起きた訳じゃないですし、寝ずに起きていた訳でも無いんで。」
時間が経つにつれてボーッとしていた脳も身体も生気を取り戻していく。
「それでこんな時間に起きてしまったのですね」
宥める様な、慰める様な事を言ってくる声。
「それで僕に何の用ですか?」
声に訊ねてみるが、声は寒さに震えた様な声色に変わって話し出す。
「寒いんですよね、なんだか」
携帯電話を取り出し外の気温を確認する。
天気予報アプリの表示は18℃だった。そのくらいの気温であれば、服を着ている事を考えると寒いなんて事は無い気がする。ただ最初にも思ったが、この声の主は寒そうなのだ。

「どうして寒いんですか?」
疑問に思ったことを口にする。当たり前の事だ。
僕の部屋の外、夜なのに鮮明に聞こえる声は余程大きな声で話しているか、人間では無い何かか。大きな声で話していると仮定したが、迷惑そうな声でも耳を劈く様な声でも無いので後者が正しそうだ。
「どうしてでしょうか。」
声は自分自身が解らなくなっている様だ。自分が何故寒いのか。
「ちょっと待っててください。」
僕はパジャマから普段着に着替えた。
「お待たせ。」
二階建ての自室を見上げる形で外へ出てきた。
時間も時間なだけあって、外は暗い上に空気が澄んでいる。空に映る星がいつもよりも綺麗に見えてしまう。
「出てきてくれたんですね」

自室の窓辺りから先程と同じ声が聞こえてくる。
「やっぱり、外は温かい風が吹いているね。寒くは無いと思うけど、まだ寒い?」
人間では無いと確信しつつも、僕は声に再度確認をする。すると、声は「まだ寒い。」と言う。
「どうすれば寒くなくなるのかな。」
僕は首を傾げて考える。
「もし、もしも可能であればハグをしていただけませんか?」
「ハグ?」
「はい。」

唐突な発言に戸惑いを見せつつも、人肌が恋しい時期だと思えば、腑に落ちる答えだった。
「じゃあ、僕の胸に飛び込んで来たら教えてください。抱き締めますので」
そう言いながら僕は両手を前へ伸ばし、ハグの準備をする。
数秒経った後、僕の胸に何かが当たった感覚があった。
「入りました」
耳元で聞こえた声と合わせて僕はハグをする。
ぎゅっとしているつもりなのに、自分自身をハグできない。両手と身体の間に何かが挟まっているみたいで、本当にハグをしている。

「あったかい……。あったかいなぁ……。」
声は温かさを反芻している。
「ありがとう、ありがとう。」
声は感謝を述べる。
「十分温まりましたか?」
自己判断する事は難しい為、声に温まったかどうかを確認する。温まっていないのであれば、今一度ハグをするつもりだ。
「えぇ、とっても。」
優しい声がする。と思っていると両手は勝手に開いていく。そして、胸の中に居た何かが当たらなくなった。

「もう行くんですね。」
「えぇ……。もう十分、いや二十分温まりました。なのでいかせていただきます。」
僕が空を見上げると一瞬だけ白い靄が視界を覆うと、靄は綺麗さっぱりなくなった。
そうこうしている間に時間は過ぎていく。玄関の扉を開けて、家の中に入ると飼い猫の『クロ』が居た。いつもはリビングにあるお気に入りのクッションの上で寝ているはずなのに、今日は玄関の床で寝ていた。
僕はクロを起こさない様にそっと持ち上げ、強く抱き締めた。

結局、あの声の主が誰だったのかは謎である。
もしかしたら、玄関で寝ていた『クロ』自身の声だったのかもしれない。


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