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自分癒しの旅のはじまり

父方も母方も信教は仏教なのだが、小さな頃からずっと、家系図を辿ったどこかで、または私自身の過去世で、キリスト教と関わりがあったのだろうなと感じていた。

それは、母が天草出身、且つ、日本人離れして色白であることも大きく関係していたと思うが、それだけではなく、「なんとなくそう感じる」としか言いようのないものだったように思う。

それが確信に変わったのは、数年前に、長崎県南島原市にある原城跡を訪れたときのこと。

当時の記憶を憶い出そうとか、魂を慰めようとか、そういう意図で訪れたのではない。ある晴れ渡った初夏の日、日々の疲れを癒しに青い海を眺めにいきたい、できれば天草も望める場所がいいなと、そんな、どちらかといえば軽い思いからだった。

原城跡そばに自家用車は駐車できなかったので、近隣の駐車場に車を停め、送迎バスで現地へ向かう。同乗者は、観光と思しき年配のご夫婦が数組。爽やかな日和だったが、それほど人は多くない。

バスを降りる。青い空と緑で覆われた大地がなんとも美しい。自然のめぐみを体いっぱいに享受するように、大きく息を吸って歩き出す。

ところが、敷地内に足を踏み入れると、なにか調子がおかしい。胸がざわざわして落ち着かない。呼吸が浅くなり、息をするのもちょっと苦しい。

次第に、涙がぽろぽろとこぼれ落ちてくる。なぜなのかは分からない。悲しいとか、歴史の悲惨さに想いを馳せるとか、そういったことでもない。

溢れ出る感情のようなものは、歩みを進めるにつれ激しくなり、櫓台跡あたりに着いた頃には、嗚咽に近い泣き方になっていた。

そのとき、内側から、「あぁ、私はここに居たんだな。」との思いがわき上がってきた。頭で考えて記憶にたどり着くとか、そういうのではなく、ふっと浮かんできたものを感じるという感覚。

こういうのをきっと、魂の記憶というのだろう。そう思った。

これまでを思い返してみると、学校教育の過程で同じように悲惨な歴史的出来事を学んだときでも、ひどく感情が揺さぶられ関連図書を読みあさった出来事もあれば、この時代にこういうことがあったのだなと、ただ学び通過したものもあった。

感情が生じるということは、すなわち、過去世でなんらかの関わりがあり、そこに癒しきれていない何かがある。きっとそういうことなのだろう。

感情の動きを認識し、向き合い、自分癒しにつなげていく。今ふり返ると、そのような生き方が、この日から始まっていたように思う。