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連載小説 2020年代という過去<9章 変化> #9−4 わきまえない女

目次

前話 9章 変化 #9-3 セクハラのボーダーライン

 麗華は、自分の部下たちとのフィードバック面談を全て終わらせ、残るは自分が部下側となるフィードバック面談のみとなった。通常、課長に対するフィードバックは部長が行うのだが、麗華だけは特例で、沢口事業部長と面談をすることになっていた。

 沢口との面談のため、オンライン会議に参加すると、先に入っていた沢口がニコニコとした笑顔で待ち構えていた。その笑顔に萎縮しながら麗華から挨拶をする。
「あ、お待たせしてすみません。お疲れ様です」
「いやいや、大丈夫。お疲れ様。早速だけど、なんで蔵島部長じゃなくて、僕が面談してるかわかる?」
「いやあ、私にはさっぱり…」
「いやあ、わかってるでしょ。部長昇進が近いからだよ」
「はあ、そうなんですね」
「あれ? やっぱりまだ部長昇進には乗り気じゃないの? 昇進に向けた研修プログラムでは、提案内容もプレゼンも全部、上位に入ったって聞いてるよ」
「あ、へぇ、そうなんですね」
 素直に驚きつつも、嬉しそうな表情を見せない麗華を見て、沢口は少し呆れたように笑った。
「なるほど。うーん、京本さんみたいに、肩肘張っていない人の方が、案外活躍するのかもね。ほら、変な欲が全面に出て空回りする人もいるからね。僕みたいに」
「え、いやぁ…」
 反応に困る麗華を見て、沢口が寂しそうに呟く。
「笑ってくれていいのになあ。京本さんは、ここ数年、僕を警戒するようになったよね。僕だけじゃないかな、上の人たちを警戒してる感じがするよ。若手の頃は、髪も短くてボーイッシュでさ、男勝りに先輩たちを追いかけてたのにね。今は上司陣に壁を作って警戒をしているでしょ?」
「警戒だなんて。ただ大人になっただけですよ」
「昇進が嫌だから壁を作ってるんじゃない?」
「……」
「あの頃は、京本さんはキャリア志向の人なんだと思ってたなぁ。なんで昇進が嫌なの?」
「……」
「怒ったりしないから、本音を言ってくれる?」
「…会社に利用されたくないんです。今の時代、社内で女性を上げていく動きは、変な方向に捻れてきていると思います。組織長の評価のために優先的に女性を昇進させたり、女性管理職は現場の仕事はそこそこにして、社外向け講演に登壇するような広告塔の仕事が多くなったり。それって会社のイメージ戦略のために昇進させてもらいましたって言っているように見えて」
「でもそれも大事な役割だよ」
「…価値観の違いですね。私は会社のためではなく、クライアントやチームメンバーのためにここにいるんで」
 そう言って麗華は沢口の顔をじっと見つめた。目を逸らしがちだった麗華が、真っ直ぐに向き合ってきたことに沢口は少し驚き、今度は沢口の方が目を逸らした。
「でも京本さん、君の実力を否定している訳じゃないよ。性別は関係なく、部長に昇進できる実力があると認められていることは理解してほしいな」
「ありがとうございます。昇進させるかどうかはお任せします。…ただ、昇進させる場合は覚悟をしておいてほしいですね」
「覚悟とは?」
「私は皆さんが期待されているような女性という役割を受け入れません。男性と同じように発言し、同じような仕事しかしません。そういう、わきまえない女ですから」
「……」
 沢口は口を大きく開けて、しばらく沈黙した後、突然大声で笑い出した。
「あはは、そうか。わきまえないのか。なるほど。ははは」
 麗華は無表情のまま、ムッとした。
「おかしいですか?」
「あー、ごめんごめん。馬鹿にしているわけじゃないよ。そうじゃなくて、いや、まいったなと思って」
 そう言って、沢口はニヤリと笑う。その顔は、いつもの表面的な沢口スマイルではなく、本性をさらけ出した笑顔だった。そして一言付け加えた。
「今が一番、京本さんに昇進して欲しいと思ったよ」

次話 10章 未来から来た理由 #10 -1 生きづらい時代


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