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連載小説 2020年代という過去<6章 疑惑> #6-4 尋問
購入した珈琲を持って席に座ると同時に純が切り出した。
「あなたのことは、別れた恋人だと聞いてます」
「あ、はあ。はい、そうです」
「別れた理由も聞いてます」
「あ、はい」
「最低ですね」
「…あ、はい。すみません」
完全に純の勢いに押された尊は、下を向いて猫背になり、肩に力が入った。純の発言一つ一つに目が泳いだ。
「4月に麗華と一緒に出社してましたよね?」
「それも知ってるんですね」
「あの直後は、あなたと新しい関係を築けそうだって前向きに話してたんですけど、ゴールデンウィーク明けくらいからかな、なんか疲れてる感じがして、気になっていたんです。何かありました?」
「…ありました」
「さっき、あなたが謝りたいって言ってたのってそのことですか?」
「…はい」
「今、ここで私に説明してください」
「…はい。…え、いや、待ってください。あなたのことももう少し教えてもらわないと。関係無い人に話すことじゃないっていうか。せめて、その、麗華さんとの関係性をもう少し教えてもらえますか?」
「関係無いのは、あなたの方ですよ。私は麗華の同居人です。今までの会話でも、麗華が私を信頼して色々話していることはわかるでしょ? 今のあなたは麗華と深いつながりは無いですよね? 私よりも、麗華の気持ちをわかっていると言えます? 私よりも、麗華に何かしてあげられると言えます?」
「……」
「言えます?」
「…言えません」
「じゃ、私に話すべきですね。麗華のためを思うのであれば、あなた一人で急に家に押しかけたりせずに、私の助けを借りた方がいいですよ」
尊は観念して、ゴールデンウィーク最終日の電話のことを純に説明した。その説明の間、純が冷静に相槌を打っていたことが、尊にとっては意外だった。
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「ふうん、なるほど。だいたい状況はわかりました。話していただいてありがとうございます」
純は頬杖をつき、考え事をするポーズをとった。
「あ、あれ。怒らないんですか?」
「…何で私が怒るんですか?」
「いやぁ、この流れなら怒られるのかなって。だってさっきまで怒ってる感じだったし」
「怒られたいです?」
「…ああ、そうかもしれません」
「はあ?」
「いや、だって。麗華さんは多くは語らないんですよ。別れた時だって、今回だって、怒っているのかなっていうのが一瞬態度に出るくらいで、後はわからなくて。何をどう謝ったらいいのか」
「何をどう謝ったらいいのかわからない状態で、家に押しかけるのはやめたほうがいいですね」
「まあ、そうなんですけど、ずっと連絡は無視されてるし、居ても立ってもいられなくなっちゃったんですよ。…坂下さん、さっきからすごいですよね。ズバズバと。何だか感心してきました」
「ええ? これって普通じゃないんですか?」
「いやあ、正直、普通じゃないと思います。僕、初対面の相手ですよ。しかも多分僕の方が年上だし。あ、ダメだって言ってるんじゃなくて。なんかすごいなって。本当に」
「はあ」
「麗華さんに対してもそんな感じでズバズバと話すんですか?」
「思ったことはそのまま伝えますけど、麗華は尊さんとは違いますから、尊さんに言ったようなことを麗華に言うことは無いです。私、麗華のことは尊敬してますから」
「あ、なるほど。…麗華さん、坂下さんのそういうところが好きなのかもしれませんね。あの人は頭の回転が速いから、気を遣いすぎて、結構言葉を飲み込んでる気がするんですよ。坂下さんがいると、そういう、飲み込もうとした言葉をぐいぐい引っ張り出してくれそうだな」
「……」
純は何も言葉を返さなかったが、少し嬉しそうに口元が緩んだことを、尊は見逃さなかった。
「あの、坂下さん。よければ、こうやってまた会って話してもらえませんか? こういう風に、麗華さんのことを相談できる人って他にいないんですよ。何より、あなたみたいにハッキリと正義をぶつけてくれる存在って、有難いっていうか。僕自身が、ちゃんと考えを整理した上で麗華さんと話したいと思っているんで」
「…いいですよ。私も、あなたにはまだまだ言いたいことが残ってるんで」
純と尊、奇妙な交流が始まった瞬間だった。
二人は連絡先を交換した。もちろん麗華には秘密だった。