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連載小説 2020年代という過去<9章 変化> #9−2 男にどうしてほしいのか

目次

前話 9章 変化 #9-1 爽やかな離婚協議

「自分が結婚をしたいかどうかではなく、結婚をしてあげたと思ってたの?」
「お恥ずかしいですが、今思えばそういうところもあったなって」
「まあ、価値観は人それぞれだけど…」
「今となっては、偉そうな自己満足だった気がするんですよ。女性は男性より弱くないといけないなんて。実際、夏美は全然弱くなかった。僕に離婚を切り出した夏美の顔は、本当に凛としていて、かっこよかったんです。…僕より前を進んでいました」
 尊は苦笑いをしながら頭を抱えた。
「素直に相手をかっこいいって思えることも、強いと思うよ」
「…ありがとうございます。…僕、姉が二人いるじゃないですか。小さい頃から、女の子は大事に大事に扱うものだって姉たちに教え込まれてるんですよね。女性に対して、並んで歩くときに車道側を歩くとか、先にドアを開けてエスコートするとか、焼肉屋では肉を焼いてあげるとか、全く意識せず、呼吸をすると同じようにできるんです。でしょ?」
「え? まあ…確かに」
「だからね、結構女の子にもモテてきたわけですよ。学生の頃から、江藤くんは紳士だっていろんな人に言われて。でもそれって、女の子は自分で何もできないっていう思い込みも育ってしまっていたかもしれません。…だから、ここに異動して麗華さんに会ったことは、僕にとって衝撃的でした。麗華さんは、いわゆる女性優遇ではなく実力で昇進してる人じゃないですか。穏やかに笑いながらも、バシッとリーダーをこなしていて、他の男性社員も敵わない。こんな女性がいるんだって、眩しかったんです」
「……」
「付き合っていた頃は、本当はみんなに自慢したかったんです。みんなが尊敬しているリーダーは、実は僕と付き合ってるんだぞって、心の中で思ってました。麗華さんが活躍すると、僕の自慢したい感情も膨らみました。…でも同時に、僕が守れるような相手では無いなっていう、劣等感も膨らみました。麗華さんは僕より弱くないんだから、一緒にいてはいけない相手なんだって」
「……」
「そんな時に夏美に出会って…彼女は何においても、僕の方が優れていることを強調してくる人でした。もちろん好きだっていう感情もあったんですけど、好きっていうだけで結婚したわけじゃなくて。ああ、こういう人なら守れる。守らなければいけない。それが僕の使命だ。それが二人の幸せだ。そう思って結婚したんですよね。まあ、その行く末が、離婚協議中なんですけどね」
「…なんで、対等じゃダメなんだろうね。しかもなんで女性の方が弱くないといけないんだろう。弱いことが女性の価値なのかな。そういう価値が、私には無かったっていうことかもしれないけど…でもね、私は、人として対等に扱って欲しかっただけなんだよ。強いのも弱いのも嫌だっただけなの。別れたことは辛かったけど失恋の辛さっていうより、人として軽く扱われたのが辛かったよ。二股をかけられて、しかも私は本命じゃない方だったっていうことも、『麗華さんならわかってくれるでしょ』って感情を出す猶予ももらえなかったことも、私は強いから何してもいいと思ってるんだろうなって、私の尊厳を認めてないんだって思った」
 尊は慌てたように身を乗り出した。
「いや、違います。ごめんなさい。そんなつもりはなかったんです。麗華さんは本当に尊敬している相手でした。それは今でも変わってません」
 麗華は淡々と続ける。
「尊の前に付き合っていた彼氏もね、女性を守ろうとする優しい人だった。だから、私の弱さを探そうとする人でもあった。私は彼より何か優れたところがあってはいけないと思って、物を知らないふりをしたり、年収も実際より少なく伝えてた。でもなんでこんな風に気を遣わないといけないんだろうって思っていたから、別れた時はなんだか楽になったよ。尊は前の彼氏とは違って、私より上に立とうとはしなかったから、変な気を遣わなくてよくて嬉しかった。この人なら対等な関係でいられるって思ってたのに、私が弱くないから雑に扱われたのかなって、…正直、それがずっと引っ掛かってるよ」
「…あの」
「別に謝ってほしいわけじゃないよ。そんなつもりなかったなら、ピンときてないんでしょ?」
「…じゃあ、お礼を言わせてください」
「え?」
「そういう風に人を傷付けていたこと、わかっていませんでした。話してくれてよかった。ありがとうございます」
「……」
「自分より弱い人を見つけて守ろうなんて、ただの自己満足なんですよね。相手が強いとか弱いとか関係なくて、大事な人を大事に扱うっていう、そういうことができていなかったことに気付きました」
「そう…なんか、そんな風に言ってもらえるとは思わなかったな」
 麗華は、尊が異動してきた頃のことを思い出した。新しい部署で覚えなければならないことが多い中、尊は教えられたことを柔軟に吸収すると周囲の社員から評判が良かった。麗華にとっても、尊を魅力的だと思ったきっかけだった。
 今も麗華の話を聞いて、自分なりに価値観を見つめ直そうとしている。そうだった、尊は話をすればするほど吸収する。理解しようとしてくれる。それなのに、尊に本音を話せなくなったのはいつからだっただろうか。付き合っている頃から、上司というプライドが邪魔をして、尊に心を開けなくなっていたかもしれない。あんな別れ方をさせた一因は自分にもあるのではないかと思った。
「麗華さん、僕たち、いい友達にはなれないでしょうか?」
「友達? 仕事仲間じゃなくて?」
「仕事仲間なんですけど、なんていうか…友達っていうより、同志っていう方が近いかな。ほら、今って、男女平等が叫ばれる一方で、やっぱり男はこうでなきゃ、女はこうでなきゃっていう考え方があって、歪んでる文化がいっぱいあるでしょ? …例えば、結婚式の準備でファーストバイトの話をしてた時に思ったんですけど、あれって、新郎は新婦を一生食べさせてあげるよ、新婦は新郎に食事を作るよっていうことを表してるっていうじゃないですか。これ、僕よりも年収が高くて仕事もできる麗華さんが相手だったら、一生食べさせてあげる、なんて偉そうなことはとても言えないなって」
「え、そこで私を思い出すの? まあでも、ファーストバイトの考え方は、私も好きじゃないかな」
「でしょ? でも幸せの瞬間みたいな感じでみんな喜んで写真撮るでしょ? 男女平等じゃないけどいいのかって不思議に思ったんです。今の時代、男が女を食べさせてやるものだなんて、会社で言ったらすぐにコンプライアンス違反じゃないですか。そういうの、僕、混乱するんですよ。僕は姉二人に、女の子は何もできないお姫様として扱えって言われてきたんですよ。実際、その教えを守ることで紳士だって褒められることも多いんです。でも、紳士の振る舞いのつもりで女性に仕事を与えなかったら、会社では男女差別だって言われることもある。女性も色々あるでしょうけど、男だって大変なんですよ。これから課長、部長と昇進していく中で、もっと悩むし、変なことしちゃう可能性もあると思うんです。麗華さんもそうじゃないですか? そういう時に、相談できる相手として、僕たちお互いがベストだと思いません?」
「同志、同志かぁ。…ふふ、悪くないね。これからの時代を切り拓いていく同志?」
「はい。切り拓きましょ」
「あはは」
 麗華は嬉しくなって首をすくめ、子供のように笑った。

次話 9章 変化 #9-3 セクハラのボーダーライン

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