ささやかな夜の旅。
「深夜の街を走ってみたい。」
ある日の深夜、どうしたことか
眠りにつく事の出来ない私は
ふと感じた衝動に駆られて
愛車のエンジンを回す。
カーナビのBluetoothに接続した
スマホのプレーヤーから選んだのは
ポール・モーリア
フランク・プルゥセルなど
イージーリスニングを代表する
アーティストの曲たち。
家を発ち、国道へ。
分離帯のポールから明滅する光は
空港の滑走路に光る
誘導灯に似て
夜間飛行をしているかのように
空想を掻き立たせる。
深夜の街中へ着く。
そこは、日中の喧騒を
暗幕で覆ったかのような静けさと
夜の帳を纏う煌きに
違う世界のような顔を魅せる。
人や車の音は無く
建物からかすかに覗く光と
鮮やかなネオン。
柔らかな電灯の朱色と
蒼白く輝くLEDが折り重なった
街路灯に照らされた
走り慣れた道。
車のスピーカーから流れる
穏やかでノスタルジックな音色が
溶け込んで
私のイマジネーションを満たしていく。
感性が高まった今、このまま
「ささやかな夜の旅」を
終わらせたくない。
街の先へ抜けて
車を走らせる。
今度は街路灯も分離帯の光もない
暗闇に包まれた道。
車のライトをハイビームに切り替え
道を照らす。
少し長く走りすぎたか...
行き着いた小さな町のコンビニで
缶コーヒーを買って口にしながら
車の外で淡く光る星空を仰ぐ。
束の間の休息を終えて
再び車を走らせる。
少しずつ空が蒼みを帯びていくのを
感じ始めている。
午前4時。
こんな時間まで走ってしまったのなら
朝日が昇るのを見たくなる。
おそらく自分だけが知っている場所、
道外れのとある橋へ向かう事にした。
夜が明けていくのを少し惜しみながら。
ドライブの間
流し続けた曲を止めて
誰もいない橋に車を停める。
橋の向こうの地平線から
新しい朝を告げる太陽が
緩やかに姿をみせる。
「ささやかな夜の旅」は終わりを告げた。
そして...
「新しい日」の訪れを祝福するかのような
幻想的な朝焼けを目にしながら
ポケットの中から取り出したタバコに
火を付けた。
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※この物語の一部の表現はフィクションです