夜は明月を想う。僕を照らす君の幸せを(満月×紗夜後日談SS) #フォロワーステラナイツ0123
窓から零れる陽の光に目を覚ます。時間は、予定より少し早い。腕の中のかわいい仔猫はまだ夢の中のようだが、耳がぴくぴくと動いている。どんな夢を見ているんだろう。表情からして、今日も魘されていないようだ。ゆっくりと長い銀髪を梳くように撫でると、身じろぎをされてしまった。起こしただろうか?
「満月?」
寝起きであまりしっかりと声が出ない。いつもより低く掠れた声でも、満月は応えてくれた。ぼんやりと開いた瞼からのぞく夜空が、僕の視線をとらえる。
「・・・さ、ゃ」
「おはよう、満月」
「・・・」
起こしてしまったかな、と言うより先にぎゅっと抱き着かれる。寝ぼけているのか、甘えているのか。いずれにしても可愛らしくて仕方がない。あやすように背中を叩くと、頬を擦り付けてくるのだから本当に猫みたいだ。
「どうしたの?満月」
「・・・べつ、に。紗夜の、匂いが・・・惹きつけた、だけ」
そう言って抱き締める腕が強くなる。素直な猫耳がピクピクと動いて、長いしっぽが遠慮がちに、僕の脚に絡みつく。
全く、どこまでも可愛らしいんだから。
「……ふふっ。みーつき」
「・・・?」
呼べばきちんと目を見てくれる君は、そんなにも素直に育っているのに。そう思うこともあるけれど、今はこの愛おしさに任せて額へのキスを降らせる。
「っ」
満月には、これが結構効くらしい。一気に顔を赤らめてはポコポコと軽く殴られた。うーん、可愛い。しばらく離さなくても罰は当たらないはずだ。満月も離れないし、時間はまだ充分にある。
満月をショッピングモールに連れていくのは、初めてかもしれない。近場の外出から慣らしていたけれど、もう雪山まで行ったし、満月が行きたいって言うなら、連れて行くのが僕の役目だ。
とはいえ、
「~♪」
「満月、楽しそうだね」
「・・・うん」
ここまで楽しそうだと、他にも色々なところへ連れて行ってあげたくなる。満月が知る世界が、少しでも広がれば、きっと世界の色が鮮やかになる気がするのだ。この手を離さなければ、きっとどこにだって行ける。僕には、その信頼に答える責任と、応えたいだけの想いがある。
「・・・紗夜、あれ?」
「そう!正解。あそこがバスソルトの売ってる所だ」
「・・・色んな匂いがして、ちょっと・・・や」
満月、食べ物にはあまり猫の要素が干渉しない。しかし、匂いや熱、水、音、感覚的な部分でかなり猫としての要素が強く出ているようだ。僕がずっと使っていたバスソルトでは清涼感が強すぎて「つんとする」という感覚になったのだろう。
「そうだね、満月にはそうかも。無理させてない?」
「・・・ううん。私が、選びたいって言ったから。いいの。・・・ちょっとの無理ぐらい、させて」
時々、この健気さに当てられてしまいそうになる。頭1つ分は違う僕の顔を、まっすぐ見つめる満月の視線にはひとつの嘘もない。眩しいくらいだ。思わず笑みが零れ、空いた片手で撫で回す。手を伸ばすと撫でられるのが分かるのか、耳が動くのもまた愛おしい。
「満月はえらいね」
「・・・紗夜のためだから」
「そっか」
それが、何より嬉しいんだよ。
お店に入ると、満月のしっぽがやや逆立つ。顔色を伺うと、やはり少しきつそうだ。だけど、自分からさらに1歩進んでいく。引かれる手に追いつくように、僕も中へと進んだ。
初めての場所でいろいろ迷ったようだけど、満月のお気に入りが見つかったらしい。あまり主張が強くない、でもしっかりと薔薇の香りは残るもの。きっと満月にも大丈夫だろうと思えた。容器に描かれた一輪の赤い薔薇がとても綺麗で、飾っていても美しいだろう。
何にしようか迷っている間の、色々な香りに挑んでいく満月がめちゃくちゃ可愛らしかったことだけ追記しておこう。初めて聞く言葉を見つける度にこれなに?と聞いてくる、その首を傾げた表情も。
会計を済ませ、お店を出ると再びどちらともなく手を握る。荷物ははじめ僕が持っていたけれど、満月が持ちたいと言って聞かなかったので渡した。中を見て、しっぽが揺れて耳がぴこぴこしている。嬉しそうだ
「・・・紗夜」
「なんだい?」
「あり、がと。・・・買ったのは、私じゃ、ないけど」
「ううん、僕こそ嬉しいよ。これで満月と一緒にお風呂に入れるね?」
「・・・うぅ」
「ふふ、どうしたの満月。そんなに耳が動いて」
「なんでもないっ」
ねえ満月、僕が言ってないから君は気づいてないだろうけど、そっぽを向くと髪から覗く耳が真っ赤なのが丸わかりなんだよ? そんなところもかわいくて、時々意地悪したくなっちゃうんだけどね。
帰りにみかんもひと袋買って、これで約束通り。あとは家に帰ってひとやすみだ。こたつは無いけれど、いつものブランケットで満月ごと包めば似たようなものだろう。
帰宅して、バスソルトを洗面所へ並べる。定位置に座って開催されたみかんの剥き方講座も無事に終わった。満月、器用で飲み込みが早いからすぐに覚えるんだ。白い筋を取るのに夢中になって、随分ときれいなみかんが出来たものだった。
そのまま夕飯も済ませ、今日は星が綺麗だからとベランダでのんびりしていると、おもむろに満月が切り出した。
「・・・紗夜」
「ん?」
「前に、話したこと・・・覚えてる?」
「んー・・・どれかな。僕のどこが好きだとか、どんな服が―」
「ちがうっ!・・・もう、遊んでるでしょ!」
「はは、ごめんごめん。うん。もちろん覚えてるよ」
「・・・もう。あのね、私・・・決めたの」
「なにをだい?」
満月、本当はきっと、あまり話すのが得意ではないのだろう。それでも、精一杯言葉を紡いでくれるその姿が愛おしくて、つい励ましてしまう。1歩距離を詰めて、背中に手を添えた。話、聞くよのサインだ。
「・・・私は、これからも戦うと思うの。でも、それは・・・紗夜、と」
「うん」
「最後の刻まで、紗夜の隣にいたいから」
そこで、また真っ直ぐこちらを見る。今日は月が細いから、目の前の満月がより眩しい。満月からの言葉も相まって、胸がいっぱいになる。
「……そっか。うん、ありがとう。でも、満月」
「・・・ん」
「無理は、して欲しくないなあ、戦うのは君だし、君はいつも頑張ってるし、僕はいつだって、例えどんなことがあっても、君のそばに居ると決めたからさ」
「・・・紗夜。・・・わかった。でも」
不意打ちで、紗夜の顔がぐっと近づいてくる。驚いて止める間もなく、柔らかい唇が触れた。すぐに離れて、真っ赤になった満月が目に入る。
「私が頑張るのは、紗夜のためだから・・・っ」
耳を震わせて尻尾を立てて、手をぎゅっと握りしめながら震えた声でそう告げられた。そのままするりと背を向けられたけれど、これが愛おしさじゃなければ何だと言うのだろう? そのままきつく抱きしめて、真っ赤な耳に囁く。一言一句、聴き逃させはしない。
「満月、みつき、ああ、愛してるよ。どうか、僕だけを照らす月で、僕の為に咲く赤薔薇でいてほしい。その為なら、きっと僕は何だってしてみせる。君の傍でなら、僕はいくらでも歌える。君の幸せが、僕の幸せだから」
顔は見えない。でも、足元に絡みついて離れない尻尾が、きっと答えだろうと思った。