さくら×ゴローちゃんif 『浄罪』「またね」のつづき #フォロワーステラナイツ0123

何度目かのバトルの後、ゴローちゃんが急に真剣な声で話しかけてきた。

「さくら、俺はこれから妖精さんとしての重大な任務がある。バトルがあればまた呼ばれるが、ひとまずお家に帰ることになった」
「ゴローちゃん、おしごと?」
「おう、大事な大事なおしごとだ。もしステラブロッサムへの指令があれば届けに来よう。それまで、さくらの仕事はたくさん遊ぶことと、お勉強してこの世界のきらきらをたくさん見つけることだ。がんばれるな?」
「うん! さくら、がんばる! ゴローちゃんもおしごとがんばってね!」
「おう、めちゃくちゃ頑張るぞー。じゃあ、元気でな」
「うん、ばいばーい! またねえ」


それから、ゴローちゃんとは会えていない。

あれから少しして、叔父様から学校に連絡があった。私に厳しくあたり、ひかるを連れて行った大叔母様が亡くなったらしい。それで、お祖父様から私を屋敷に呼んでもよいと言われたそうだ。

ひかるに、会える。

シトラは全寮制だけど、帰る家があるというのはうれしいものだ。次の休みに早速、屋敷へ向かうことになった。
最初のステラバトルの後にゴローちゃんが、「女王様からのご褒美だ」って言いながらくれたきらきらした桜のパッチン留めを耳元にとめて、うきうきと出かける。おじ様に連れられて、大きな車に乗って、屋敷に着いた。おじい様は優しく迎えてくれたけど、それより、おじい様に手を引かれた、懐かしい姿に駆け寄って抱きしめる

「ひかる……!!!!ひかる、ひかる……会いたかったよ……」
「お姉ちゃん、くるしいよお」
「えへへ、ごめんね。ひかる、いくつになったの?」
「もうすぐ5さい! なんで?」
「そうだね、そうだねえ……さくらもね、もうちょっとで7さいなの。小学生になるのよ」

お姉ちゃんだからね、つよいからね、泣かないの。でも、うれしくても泣きそうになるんだね。
おじい様とおじ様がにこにことこちらを見下ろしていたけれど、それを1番に報告したい妖精さんはもう、鞄にもポケットにも入っていない。このパッチン留めだけが、つながりだった。

そのパッチン留めも、あれからすぐに無くした。
あの時は必死に部屋を探したけれど、どこに行ったか分からなかった。帰り際には付けていたはずで、叔父様の車にも落ちていない。先生に泣きついて、寮母様にも泣きついて、あちこち探してもらったけれど、まるで消えてしまったかのようにどこかへ行ってしまった。

いつからか、私は普通の女の子に、シトラの一女学生になっていた。
普段は寮で学友と楽しみながら学び、長期休暇には屋敷に戻って、弟と親戚と過ごしつつ、両親の墓参りに行く。普通だけど、そんな毎日がきらきらしていた。

自分がステラナイトだったことも、幼かった時の、あの非日常的な時間も、全部忘れていた。不思議なくらい、思い出す契機もなかった。

高等部を卒業する学年にもなると、決まった婚約者がどんな方なのかという話題でもちきりになる。どこかの貴族のおじいさま、とか、ご当主様とか。跡継ぎ様ならいい方だ。シトラの女は、嫁にすると箔が付く。私たちは、それだけの教育を受けている。だけど、相手は選べないのだ。

大学の学部が決まらない、くらいの感覚で許嫁が決まらないことに人並みに悩んでいたら、私にもいよいよ寮母様から話が舞い込んできた。でも、なんか、変わった人らしい。一度御家族を亡くしているらしいけれど、アーセルトレイでの婚姻歴はない。隣人(ネイバー)の可能性もあるが、如何せん素性が分からないという。本来シトラに舞い込んでくる縁談ではないと寮母様も先生も訝しんでいたが、写真を見る限りひとまず悪い人ではなさそうだ。多分10くらいは年上だけど、まあ10ならね。ひとまず次の休みに、お宅へ伺ってみることにした。

その方のお宅は、何故か森の奥にあった。1人で住むには立派な和風建築のお家だった。
切れかけた息を整えながら呼び鈴を押すと、勝手に扉が開く。

これは、隣人の可能性も高いな……
靴を脱いで、廊下を進む。ぼんやりとした既視感が、頭の片隅に現れた。そのまま奥の間まで行き、ある襖の前で立ち止まる。

なんで、まっすぐここまで来たんだろう?
一瞬考えながら、入る前に一声。
「突然申し訳ございません。本日お伺いするお約束をしておりました、森下さくらと申します。シトラ女学院高等部より参りました」

低く穏やかな歓迎の声にまた、頭の片隅の既視感が刺激されて思わず首を傾げた。写真を見る限り、会ったことはない人のはずだ。記憶違いだろうか。
ゆっくりと襖を開けて、目に飛び込んできた世界にそれらの疑問が全て吹き飛ばされた。

雪化粧こそ無いが奥の窓に見える山の景色、畳の部屋、こたつ、みかん。そして、出迎えるように座っている男性の、ちょっとくたびれたような笑顔に、白くてふわふわで、大切だった姿の幻影が重なる。
場が硬直していたが、先に口を開いたのは向こうだった。

「上田 源五郎……四十も半ばのおっさんだ……久しぶりだな、さくら」

ゆっくり立ち上がって、こちらに向かってくる。
同時に、吹き飛ばされた疑問符が多くの記憶で塗り替えられる。たくさんの忘れていたこと、たくさんの思い出、取りこぼしていたきらきらと、それらの隣にいた大切な、大切な妖精さん。

「ゴロー、ちゃん……?」

相手が目の前に来たからギリギリ聞こえるであろう声量しか出なかった。でも、だとしたら、
見上げた先の、見守るような視線すら懐かしい。

「おう、大きくなったな、さくら……またねって、言ってただろ?随分かかっちまったなあ」
「う、ぅぇ、ゴローちゃん……」
「泣き虫なのは変わらないんだなあ。ほらほら、泣いていいんだぞさくら。もうタオルにはなれんが、はじめからこのサイズだ! どうだ、ぎゅってするか?」
「うえぇぇぇぇぇ…………」

そのまま、ゴローちゃんの胸に縋ってしばらく泣いていた。背中をさすってくれる手の大きさは違っても、その優しさは変わらない。
いつから泣いていなかっただろう。寮でも、屋敷でも泣かなかったから、あまりに久しぶりの涙だった。そうしているうちに思い出す。私の涙を許して、受け入れてくれたのはゴローちゃんしかいなかった。だから、ゴローちゃんの前でしか泣けなかったのかもしれない。
でも、また会えた。ゴローちゃん、約束守ってくれた。どうやったかは分かんないけど、さすがゴローちゃんだ。ゴローちゃんがいれば、ゴローちゃんとなら、私はきっと、なんだって乗り越えられるから。

そうして、大切な妖精さんが、大事なひとになった。