いつかの傷は思い出となる-ついったお題SS-

りるのお話は
「好きって言ったら怒る?」という台詞で始まり「もう随分昔の話だ」で終わります。
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「好きって言ったら怒る?」

悪戯っぽい笑みを浮かべながらそんな事を聞くのが彼女の幼少期からの癖だった。僕もその頃は子供だったので、どうして? ときょとんとしてばかりだったように思う。女の子の方が精神的な成長が早いのはこのくらいの年齢にありがちだが、彼女も例に漏れず多感だったらしい。尤も、僕がその意味に気付くのは小学校高学年までかかるのだが。

中学生になってからも関わりがあった彼女は、時々同じ文言でからかってきた。幼馴染と言うだけで囃し立てるこの年代の男子共からの視線の鬱陶しさに耐えかねて、もうやめてくれと言った覚えがある。想像以上に冷たくなってしまった自分の声と、彼女の大きく見開かれた目が記憶に焼き付いている。見た事ないような作り笑いで取り繕うように謝る彼女が衝撃的だった。傷つけたのは、僕なのに。

それからも、彼女とは普通に関わっていた。
普通に、だ。今までのような気心の知れた掛け合いもなければ、時々出る揶揄も無い。これがきっと普通なのだと、自分自身に言い聞かせていた。僕は、これを望んでいた、そのはずだと。
結局のところ、中学卒業まではそのまま。彼女と校外でその話をしようとしても微妙に翻されてしまい、行き場のない謝罪を心にしまっては膨らませていた。高校はとうとう離れてしまい、接点がかなり少なくなった。時々駅で挨拶をする程度、だろうか。あんなに近くにいた彼女がどんどん遠くなり、その距離が開くほど僕の心の穴も大きくなっていく。

あぁ、僕は、こんなにも彼女のことが好きだったんだ。

この恋心を自覚するまでに、時間がかかりすぎた。大学に進む折、地元にいると彼女の影を追ってしまう自分に嫌気がさして県外を選んだ。彼女の進路は、知らない。親同士で話すことはあったらしいが、少なくとも僕の耳には入ってこなかった。きっと、それでよかったんだろう。聞いたとしても僕の心が掻き乱されるだけだ。彼女との思い出を置き去りにするように、地元を出て都会に出た。

まさか、大学どころか学部まで一緒だとは思わないじゃないか。

入学式で鉢合わせた彼女は、記憶よりも美しくなっていた。
彼女もそれなりに驚いていたのか、かつての気まずさが時間薬で氷解したのか、昔のようなテンションで接してきた。僕も、正直嬉しかった。かなり面食らったのは確かだが、これで彼女との時間を取り戻せる。彼女の存在を追いかけて過ごす空虚さとは訳が違う。僕は、今は、失った数年を取り戻せればそれでいい。

大学生活は、彼女のおかげもあってかなり楽しかった。
彼女との関係性は表面的には完全に修復出来ただろう。ただ、例の言葉は無論出てこない。当然だ。彼女にとってあれはからかいの意味でしかなく、この年齢になってはそれを話題に出すまでもないのだろう。

だったら、僕から言ってしまおう。
「なあ、好きって言ったら……困る?」

対面の席で食事を摂っていた彼女が面食らった顔でこちらを見る。以前とは目元に乗る色が違う。いけるか? この勢いのまま中学時代の謝罪とそれからの気持ちの変化、彼女への恋心、一緒にいて欲しいと伝えて交際を申し込んだ。

……確かに勢いで捲し立ててしまったが、硬直した表情のまま泣かれるのは想定していない。慌ててくしゃくしゃのハンカチを出しながら事情を聞くと、要するに同じ気持ちだったと言う。泣いたり笑ったりとぐしゃぐしゃな顔でOKしてくれた彼女に対して、初めて愛おしいという感情を覚えたものだ。


そんな事を、さっき同じ質問をされて思い出した。交際を始めた途端、それまで鳴りを潜めていた悪戯っぽさが息を吹き返し、僕はかなり振り回される事になった。籍を入れた今も、それなりに尻に敷かれている。やはりどうも、彼女には勝てないらしい。でも、彼女と共にいる一日一日が幸せだ。そんな彼女から好きだと言われて、怒る道理があるはずも無い。寧ろ倍にして返したいくらいなのだ。


ここまで思考を走らせた僕の回答なんて、もう決まっている。
「懐かしい。それに怒っていたのなんて、もう随分昔の話だ」