人工内耳の性質と、僕の考え
最初に伝えて置くことがある。
僕は人工内耳装用者だ。
この記事はあくまで、僕個人の感覚・感想である。
すべての難聴者を代表していないので、ご留意願いたい。
人工内耳は、まったく無音の世界と聞こえる世界を行き来できる特殊な器械だ。装用すれば、健聴者と誤解されるほどの聞こえ方になるため、難聴者であることを忘れ去られやすい。しかし完全なる器械頼りで、健聴者ほどうまく聞こえるわけではない。
器械の性質上、大きな音から全部拾っていく。騒がしい環境で、気になる大きな音や急な横槍が飛んでくると、相手が何を話しているかさっぱり聞き取れないことは常だ。自分の力で聞いている耳ではないため、聞きたくない音への遮断が出来ない。
とはいえ聾者が、健聴者に近い聴力を器械の力で得られるとは、天地がひっくり返るほどの超ハイテクアイテムではないか。
ただ、いくら聞こえていても、読唇(口の形を読む)の補助は欲しい。マスクはかなり厄介な壁だ。
マスクなしで入ってくる情報が8割だとすれば、マスクをされることで、知れる情報が2割ほどまでガクッと落ちてしまう。まるで外国語を聞いているようだ。
逆をいえば、静かな環境で1対1の会話はスムーズだ。多少は口元を見なくても聞き取れる。無駄な雑音を排除するために、意識的に静かな場所へ移動をすれば、お互いにストレスなく会話することは可能になるのだ。
僕は片耳しか人工内耳をしていないので、音の方向が分からない。3人以上の会話やディスカッション、zoom等を用いた通話は致命的だ。誰が何を話してるのかさっぱり分からないからだ。
「なんで片耳? 両方付ければいいじゃん」
──という声も聞こえてきそうだ。
確かに近年、両耳人工内耳をしている人が増えてきている。両耳である方が、音の方向性のほかに、平衡感覚のバランスも取りやすいのは確かだ。
しかし、それをするための問題はいくつもある。
・補聴器と違って、インプラント埋込み手術がある
・人工内耳の値段は、車や家が1つ買えるほど高額
・僕の場合、高熱による失聴なので、内耳の状態が悪い
他にも理由はあるが、1番分かりやすいものだけを挙げてみた。
手術による感染や、金銭的問題、耳の状態における手術有効の有無がある。補聴器のように、気軽にいかないのが人工内耳である。
しかも、手術をしたからといって、すぐ聞こえるようにはならない。数ヶ月、数年かけて耳を慣らす必要がある。僕の場合、聴力が安定するまで15年ほどかかっているので、とんでもない努力と根気も必要だ。
僕が人工内耳をしていて感じる最大のメリットは、"疲れたら休む"ができることだ。
世界の音を存分に楽しむのは良いが、人間である以上どこかで疲れる。体調が悪くなることもある。そんな時、人工内耳を外して無音の世界へ行く。
すると、五感のうち"聴覚"が遮断されるため、回復速度が著しく早い。加えて"視覚"も遮断して寝れば、尚更早い。
休めばまた元気に、世界に広がる音を聞きに行けるのだ。有音と無音の世界を自由に行き来できるのは、一番の強みだと僕は認識している。
聞くことへの困りごとは、きっとこの先も続く。
だけど、僕はあまり悲観的にはなっていない。
そういうものだと思って、この状況を楽しんでいる。
つまずいたなら、その時に考えればいい。
至極楽観的な考え方だけど、悲観してどうにもならないなら、開き直って突き進む方が良いではないか。