ボディガードの衝撃
眼光にやられる
あれは、私がまだ若かりし頃のお話。その当時のケヴィンコスナーは、男盛り真っ只中であった。その彼が、ホイットニーヒューストン演じる大物歌手のボディガードをするという、ただそれだけの映画だった。ホイットニーの歌声の魅力もあり、ホイットニーでしか成り立たなかったとは言え、ケビンによる、ケビンのための(人民の、人民による、人民のためのみたいだけど)映画であったと言っても過言ではない。何がそこまで心を捉えたのかというと、ボディガードならではの敵を見抜こうとするあの眼つきである。眼光鋭く、思い切り仕事をしている感すさまじいあの眼。そして、多くを語らない男としての佇まい、映画では恋愛感情を持ちながらも、「これでは君を守れない」と距離をおく引きの美学。当時の私は、いいじゃん別に。恋人になったって守れるやん!などともどかしさを感じていたが、今なら分かる。公私混同すると碌なことはないのだ。まぁ、映画ほどのスケールではないにしろ、一般PEOPLEにも,それなりの経験から学んだことはある。そしてラスト、思いを残しつつもお互いの道を生きていくのであるが、最後に別の現場でボディガード中のケビン。あの眼、美し過ぎるお顔のアップで幕を閉じるのだ。それはズルい。ズル過ぎる。モノには限度というものがある。もう充分にコチラ再度はケビンにやられているのだから、これ以上の攻撃は許容を超えているではないか。案の定、映画が終わり立ち上がろうとしたら、立ち上がれない。人生で初めて腰が抜けてしまっていた。立てない!立てない!ともがく私の横で、当時の彼氏は白い眼で私を眺めていた。