Pain au sourire@渋谷 須藤宏幸さん(昭55営)・美智子さん(昭56英)
都心渋谷の喧騒を抜け、宮益坂近くの路地裏にたたずむこの店は、立教大学の卒業生である須藤宏幸さん(昭55営)・美智子さん(昭56英)夫婦の営むパン屋さんPain au sourire (パン・オ・スリール)だ。
近所のサラリーマンや、店主の大学時代の友人も足を運ぶという常連さんの多いこの店は、食べログの「百名店」にも選出された、今や知る人ぞ知る名店である。
―とりあえずやってみよう―
店主の須藤宏幸さんは始めからパン作りに興味があったわけではなかったそう。もともと輸入商社に勤務されていた宏幸さんは、単身赴任で名古屋の本社に勤務することに。そこで飲食店をマネージメントしていた際に、担当するお店の一つにベーカリーがあった。パン作りのことは何も知らなかった宏幸さんは、「自分で作ってみたら何か分かるかもしれない」と試しにパンを作ってみることにした。それがパン作りを始める最初のきっかけになったそうだ。
お店はあたたかい印象の佇まい
その後も趣味でパン作りを続けていたある日、美智子さんが、宏幸さんの作ったパンを会社のパーティーへ持って行った。するとパーティーに参加されていたチェコ料理店の方がそれを気に入り、自分の店のために作ってくれないかと持ち掛けた。始めは店内提供のみだったのがどんどん規模が拡大、種類を増やしレジの空きスペースで販売を始め、宏幸さんのパンは常連のお客様に人気を博した。
震災がきっかけでチェコ料理店が閉まった後もパン作りを続け、そちらの方が忙しくなった宏幸さんは会社を辞め、紆余曲折を経て南青山に実店舗を構えることに。しかしその店舗は二坪ほどの小さな店舗で、持ち帰り専門であったため、お客様との直接の交流は難しかった。
そんな中ついに現在の店舗がオープン。店内にはパンをそのまま食べられるカフェスペースも併設され、焼きたてのパンを頬張るお客様の顔を直接見ることができるようになった。
「パンは毎日食べる日常の物の一つ。」そう語る宏幸さんは、「新商品が出た時や、良いパンが焼けた時にお客様にそれを直接伝えられる。コミュニケーションが取れるようになった」と嬉しそうに話してくれた。
焼きたてパンを食べるのにぴったりなカフェスペース
パンを手渡して食べてもらうところまでを提供したい、という思いがあった
―とにかく美味しいパンを―
そんな宏幸さんに、お店のパンのこだわりを聞いてみた。
Pain au sourire (パン・オ・スリール)のパンの最大の特徴はとにかく酵母にこだわっている点である。
「始めはイースト菌を使っていました」と須藤さん。「ところがイーストを使ったパンは、焼きたての時にイースト独特のにおいが出るんですね。自分はそれがあまり好きではなかった」と教えてくれた。
そんな時に出会ったのが天然酵母だった。さらに偶然同じタイミングで白神山地のブナの森の腐葉土から酵母が見つかった。「それを試しに使ってみるとやはりイースト臭がしなかった。それからはその『白神こだま酵母』と自家製の酵母を使っているんです。」
『白神こだま酵母』をはじめ、干しぶどうやライ麦から培養した自家製の酵母を使用し、それらをミックスすることもあるそう。それくらい強いこだわりがあるのだ。
しかしやはりご夫婦の最大のこだわりは「とにかく美味しいパンを作る」こと。
時にはお客様から「ヴィーガン用のパンはあるか」と尋ねられることもあるそうだが、須藤さんのスタンスは変わらない。「『美味しい』という事がベースのコンセプトなので、美味しいパンができるならバターも牛乳もたくさん入れる。ただ、動物性の物を使わない方が美味しいパンができる時はそういったものは使わずに作ります。」
実際にそういったパンも店内で販売されている。
天然のものにこだわったのではなく、あくまで美味しいものを追求した結果、天然酵母に辿り着いたのだ。
何よりも美味しさを追求しているパンは、夕方には品薄になるほどの人気
「246食パン」はしっとりした食感が特徴
―お店の空間にもこだわりを―
焼きたてパンの香りが漂う店内だが、実はパン以外のこだわりも多い。
美智子さんが、前職で環境問題に関わる機会が多かったこともあり、内装に使われている木材は全て森林環境や地域に配慮したフェアウッドで国産のものを使用している。外国産の物と違い、加工した際に生じるロスがほとんど無かったそうだ。
また、店内の白い壁には自然素材である珪藻土が使われている。日常の存在であるパン屋さんには様々なお客様が来店されるので、専門家でない層の方々にも自然を感じてもらえている、と話してくれた。
さらに店内では、定期的にギャラリーやイベント、落語の会まで開かれているそう。その中でも特に力を入れているのが、障がいのある方やアーティストさんによる「皆画展」だ。たくさんの参加者の方々が書いた絵を一つにし、多様性のある世界を表現している。さらにそれがきっかけで、参加してもらった方に個展をやっていただいたケースもあるそうだ。
皆画展について、「みんなが一緒に生きる社会を表現できたら」と美智子さんは語っていた
―大切にしている事―
素敵なパンの美味しそうな匂いが漂う店内には、店員さんの笑顔が輝いている。
お客様から一番聞きたいのは「美味しかった」の言葉だそう。しかし、「いいお店だね」「親切なスタッフさんだね」の声を聞いた時も同じくらい喜びを感じる、と須藤さんは語る。
そんな人との縁を大事にする須藤さん夫婦の作るパンには、お二人の温かい人柄が現れているように感じられた。
機会があれば、ぜひ一度立ち寄ってみてはいかがだろうか。
学生との4ショット
左:前田凜之介さん(学生カメラマン)
中央:須藤宏幸さん、美智子さん
右:萩原汐音さん(学生ライター)
Pain au Sourire 〒150-0002 東京都渋谷区渋谷1丁目4−6