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「音楽と真摯に向き合うことで、人の心に寄り添う」オルガニスト 伊藤純子さん(平3英)

立教大学において13年間オルガニストを務めた後、現在は神戸松蔭女子学院大学非常勤講師・音楽指導者、神戸国際大学オルガニスト、日本聖公会東京教区聖ルカ礼拝堂オルガニストとして活躍している伊藤純子さん。音楽の力を信じ、その力を最大限に発揮させるためには尽力を惜しまないという、音楽への熱い想いの源泉はどこにあるのか。また、他の楽器にはないオルガンならではの魅力や、学生に指導する上で大切にしていることをお聞きしました。


自分にとっての一番を見つけるも、思いをせき止められず

音楽に夢中になり始めたのは、高校生のとき。ピアノを弾くことの楽しさに魅了され、その楽しさは他の何にも代えられないものとなっていた。そして聖歌隊での伴奏や合唱交歓会の伴奏に指名されたのをきっかけに、ひとりで演奏するだけでなく、人前で演奏することの喜びも知るようになった。

高校3年生の夏頃には音楽大学へ進学したい気持ちが芽生えたが、それまで美術大学進学を志していたため、今から受験対策をするのは厳しいことが分かった。そこで、立教女学院高等学校に通っていた伊藤さんは、立教大学へ進学することにした。

チャペルで受けた衝撃から始まり、とにかく音楽に夢中だった大学生活

オルガンとの出会いは、大学に入学した後のこと。高等学校聖歌隊の先生が、立教大学オルガニストの先生に伊藤さんのことを紹介しておいてくれたために、入学して間もなくチャペルを訪れた。そのあとに受けた衝撃が、今でも忘れられないという。

「圧倒的なオーラがあるものの若さと親しみやすさから、優しい先輩なのだと思っていたら、当時の立教大学オルガニストの三浦はつみ先生でした。先生の演奏が持つ力を体感した瞬間、私の心は鷲掴みにされ、壮大で深い音楽の世界への扉が開かれたのだと思います」

音楽に対する思いは溢れ出るばかりで、エネルギーを持て余していた伊藤さん。オーガニスト・ギルドに入会した直後から学内オーディションを早急に駆け上り、毎日のようにオルガンを弾き続けた。その熱意ある姿を見た先生は、演奏アシスタントとしてあちこちの舞台に連れて行ってくれた。また、食事やお茶を共にして、何度も根気強く話を聴いてくれた。文学部英米文学科に所属していたものの、オルガン音楽のとりことなってからは「チャペル学部オルガン学科」にいるような生活だった。

4年次には卒業に必要な単位を全て取り終えていたため、音楽大学の受験対策を始めた。教育実習先の立教女学院高等学校ではオルガン奏楽と練習が許された。水谷チャプレン(当時)や事務の中島さん(当時)をはじめ大学チャペルの方々からの協力なバックアップ、そして家族の協力もあり、環境には恵まれていた。受験に必要な聴音(メロディーや和音を聴いて楽譜へ書き起こすテストのこと)が懸案であったが、三浦先生が紹介してくれた特別講師による指導で、みるみる不安が消えていった。三浦先生自身からも丁寧な実技レッスンを受けることができ、受験は見事成功。卒業後は、晴れて東京藝術大学へ進学することとなった。

オルガンは、人の心に寄り添うことができる楽器

大学1年生のときに出会い、人生という山を登るルートとして伊藤さんが選んだオルガン。あまり馴染みのない人も多いかもしれないが、この楽器の魅力はどのようなところにあるのだろうか。人々がオルガンに対して抱く「神聖なもの」というイメージについて、普段から楽器に触れるオルガニストとしてどう思うか、伊藤さんに尋ねてみた。

「たしかに『神聖なもの』ではあるけれど、決して遠い存在ではないと思います。人の心の奥に近いという意味で『神聖』なのではないでしょうか。
オルガンは、風を通すことによって天と地を繋ぐ楽器です。また、主に木で出来ており有機的な楽器でもあります。さらに建物全体が楽器のように反響する性質をもつ聖堂では、全方向から音に包まれるため、日頃忘れてしまっている心の深いところに触れることができます。」

オルガンの特徴から、聴く人が癒しを感じられる理由が明らかになったが、演奏によっては癒しからかけ離れた音が出来上がる場合もある。例えば自分のエゴを含ませて演奏すると、音楽の力が引き出されず、聴く側の心には届かない。そのため、オルガンを弾く上で伊藤さんが意識しているのは、「とにかく自分は器に徹する」こと。他の誰かが代わりに演奏してくれているのを気持ちよく聴いているくらいの感覚がベストだという。不思議なことだが、エゴを消すと自分にしか表現できない音楽が自然と現れるようだ。

オルガンとの向き合い方と人との向き合い方は同じ

伊藤さんは幼い頃に英国で育ち、また海外留学の経験もある。様々な場に赴くことはもともと好きで、そういった適応力は、オルガニストとしての活動に活かされているかもしれないと話していた。現在は主に神戸と東京に活動拠点を置いているが、各地のホールや教会で演奏を行う際には、一つ一つのオルガンに適応する必要がある。なぜなら、オルガンという楽器はその大きさゆえに自分用のものを持つことができず、こちらから多様な楽器へ出向いていくという特性があるからだ。楽器や空間への順応性は、オルガニストに求められる能力の一つである。

しかしこれはオルガンに限った話ではない。一つ一つの楽器が異なるように、人間も一人一人が全く異なる存在だ。伊藤さんは教育者として、このことを強く意識しているようだった。

「明るく振る舞っていても実は悩みを抱えている学生。おとなしくて目立たないが、本当は芯が強く、誰よりも言いたいことがある学生。毎回会うたびに様子が異なる学生。周りから誤解されレッテルを貼られている学生…。それぞれ性格が異なり、指導マニュアルはありません。だからこそ、学生たちに我流で押し付けるのではなく、一人一人が求めているものに合わせて観察するように心がけています。これは恩師たちが自分にしてくれたことであり、自分自身が享受したことです」

人との出会いを大切にしてほしい

出会いの積み重ねが人を創り上げる。今自分がここにいるのは、学生のとき恩師の先生方が与えてくれた貴重な体験があったから。改めて過去の出会いを振り返りながら、伊藤さんが感謝とともに、今後の展望を語った。

「これまでは主に自分がオルガンを弾くことに注力してきましたが、最近は自分が弾くだけではなく、一人でも多くの人に音楽を楽しんでほしいという気持ちが強くなってきました。演奏者としても指導者としても、また企画側としても、これからは皆が音楽の力を体感できるような機会を、積極的に発信していきたいと思っています」

(文・野々下華子/写真・伊藤七帆)
※本インタビューは、伊藤さんが30年以上オルガニストを務める聖ルカ礼拝堂で行われました。病院内のためマスクを着用しています。

プロフィール

伊藤 純子
立教大学文学部英米文学科を卒業後、東京藝術大学音楽学部器楽科オルガン専攻卒業、フェリス女学院大学音楽学部ディプロマコース修了。ニューイングランド音楽院に短期留学。国内外各地のホールや教会において演奏活動を行っている。立教大学において13年間オルガニストを務めた後、現在は神戸国際大学オルガニスト、神戸松蔭女子学院大学非常勤講師・音楽指導者、日本聖公会東京教区聖ルカ礼拝堂オルガニスト。日本聖公会神戸教区オルガニスト。立教大学教会音楽研究所所員。日本オルガニスト協会・日本オルガン研究会会員。2024年1月にはCD「Luna 月の光」をリリース。