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劉慈欣発、オクテイヴィア・E・バトラー行――英語圏未訳SFの探求者・耿輝さん part.1

 いつものようにインターネットをさまよい、SF情報を漁っていた筆者はある日、英中SF翻訳者の耿辉(ゲン フイ)さんの存在に気づいた。
 耿辉氏は、日本で知られている作家でいえばケン・リュウやテッド・チャンを翻訳している。しかし、彼の真に驚嘆すべきところは常に新しい作品を発掘し、タイムリーに様々な媒体へ翻訳を載せ続けているところだ。氏はヒューゴー賞やネビュラ賞の受賞作や候補作、Tor.comやLightspeedの最新の傑作を発表から間を置かずに紹介し、翻訳した短篇の数はすでに100を超えるという。彼は、トム・クロスヒルやマシュー・クレッセル、キャロリン・M・ヨークムといった日本でまだ紹介の進んでいない(私の好きな)作家たちを継続的に翻訳してきた。
 しかし彼が一体どんな人物なのかは英語や中国語ですらさだかではなかった。わかるのは本業がある人で、1980年代前半生まれということということくらい。そこで直接インタビューを試みたのがこれまでの経緯である。
 インタビューは2回に分けて公開する。まず今回は2018年末にうかがった「これまで」編である。追って現在について、改めて聞くパートも用意するのでお楽しみに。

 インタビューは英語でEメールによって実施した。英語の原文はこちら。(インタビュア・翻訳者:橋本輝幸)

Q1. まずはじめに、簡単に自己紹介をお願いします。
A1. 大学時代から大連に住んでいるエンジニアです。本業では主に、ハイパワー牽引車と高速列車の牽引制御をやっています。空いた時間には、ファン翻訳者としてSFを読んだり翻訳したりしています。私が中国語に翻訳した短編小説は、100篇以上に上ります。初の長編翻訳はウィル・マッキントッシュのSoft Apocalypseで、清華大学出版より刊行されました。

Q2: あなたとSFのファーストコンクトのきっかけは?
A2: ええと、私とSFとのファーストコンタクトは遡ること十代のころです。ジュール・ヴェルヌやHGウェルズを、海外文学を読む流れで読みましたが、その読書体験で熱烈なSFファンになったわけではありません。我が”変身”の転換点となったのは、劉慈欣の「さまよえる地球」(註:『流転の地球』として映画化)を読んだときです。これのコンセプト、ロマンス、ヒロイズムにはただちにやられました。それからよくSFを読むようになりました。

Q3: 初めて英語でSFを読んだのはいつですか?
A3: 最初は古典SFの中国語訳を読んでいて、読んだ作家の他の傑作を探しました。それで翻訳されていなければ、原文にあたるようになりました。

Q4: どうやって翻訳者になったのでしょう? スカウトが来たとか、投稿したとか?
A4: 社交的ではないけれどアクティヴなSFファンとして、私はつねにただの読者以上としてファンダムに貢献したいと思っていました。ただし絶対に作家やイラストレーター以外の役割で。そんなわけで翻訳者になるというのは、中国の読者が世に発表されているあまたの傑作を読めない状況を考えればとてもすてきなことだろうと気づいたのです。私は英語を専攻する学生ではありませんでしたが、ともかく修行を始めました。最初の何回かは最後まで翻訳しきれなかったり、投稿してもボツになったりしましたが、その後『科幻世界』が1篇を採用してくれました。アーサー・C・クラークの「90億の神の御名」でした。

Q5: あなたにとってのヒーロー翻訳者はいますか? あるいは編集者やアンソロジストでは?
A5: 何人もの人たちが翻訳者としてのキャリアを助けてくれました。たとえば、友であり、翻訳者であり、私がもっとも多くの作品を翻訳した作家はケン・リュウです。彼は翻訳や私がときどきやっているような「文化交換」について、洞察力に満ちた考えの持ち主です。実用面というよりは精神論的な面でかな。
 もうひとりの私のメンターは、ジェニー・バイ(白俊霞)です。元『科幻世界』誌の編集者で、もっとも最初に私の担当編集になった人です。彼女のおかげで、私は初めての商業誌掲載と、後年のたくさんの作品の出版にこぎつけました。それだけではなく、彼女は翻訳と出版についてたくさんのことを教わりました。
 しかし彼らをヒーローと呼ぶつもりはないですね。
 けれど、私がひとりだけヒーローと考えている人がいます。故オクテイヴィア・E・バトラーです。荒々しくも希望に満ちており、力強くも幻視的な作風の人。彼女からは抵抗すること、耐え抜くことを教わりました。現在、私は彼女のParable of the Sowerに取りかかっていて、このチャンスに自分は世界で一番幸運な男じゃないかと思っています。

Q6: ケン・リュウといえば、リュウの中国における第4短編集(Staying Behind and Other Stories (《奇点遗民》))については、作品のチョイスもあなたが担当されたんですか?
A6: いえ、基本方針はCITIC(出版社)の担当編集さんから出たものです。この人は中国での第1短編集の版権を買った人で、権利が著者に戻ったときに改めて出版することにしたのです。私は後から発表された作品を追加で翻訳しただけです。だからこの本は、復刊でもないです。収録作はケンの確認をとってから決定されています。

Q7: 私は〈文芸風賞〉誌について興味を持っています。多くの80年代生まれの若手が運営している文芸誌で、ゲンフェイさんをふくめて参加者も80年代生まれが多い。SFにだけ注力した雑誌というわけではありませんが、ゲンフェイさんも常連掲載者でしたね。
 どうして同誌はSFに強かったのでしょう?
(註:ケン・リュウ編の現代中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』『月の光』には、初出が〈文芸風賞〉誌の短篇が複数作収録されています) 耿辉さんはどうやって同誌に加わったのでしょう?

A7: 〈文芸風賞〉誌のことは、たまに書き下ろしの中国SFが掲載される文芸誌として知っていました。自分の翻訳を載せられる媒体を探すのは私にとって趣味の一種のようなものなんです。
 そこで一番同誌向きと思われる短篇を選んで、持ちこんでみました。確かに同誌は続く何年もの間、SFに強い雑誌でしたが、なぜそうだったのかは私には定かではありません。ともあれ、一緒に仕事ができてハッピーでしたね。

Q8: あなたは明らかに非SF誌(例えば〈萌芽〉や〈第九区〉)での活躍の機会を増やしていますが、非SF誌でのSF翻訳は中国では一般的なのでしょうか? それとも現在のSFブームのおかげですか?
A8: 前述のとおり、私は私の翻訳を掲載してくれる雑誌を探求しているので、その結果ですね。でも中国では、SF翻訳の出版は決して容易ではありません。特に私のように、自分で作品をチョイスする者にとっては。
 また、私は中国がSFブームだと思ってはいません。ジャンルSFには全力を尽くしてSFを向上させていこうとしている人たちはいますが、まだブームには近づいてすらいないと思います。

Q9: 雑誌といえば、好きな中国語のあるいは英語のSF誌はなんですか? 休刊したもので惜しむものがあれば、それも教えてください。
A9: 〈文芸風賞〉は、一緒に仕事をした中ではベストチームでしたね。

今の中国の商業SF誌では〈科幻世界〉と〈不在日報〉が最大級です。前者は伝統的な、後者はもっと新しくマルチメディアな感じです。海外の雑誌では、Tor.comが真っ先に思い浮かびますね。ジャンル最高峰の短編小説編集者を抱えていますから。

(註:Tor.comはエレン・ダトロウ、アン・ヴァンダミア、ジョナサン・ストラーンといったベテラン編集者たちも抱えている)

Part. 2に続きます!

耿辉さんの最近のお仕事まとめページはこちらです。

追記:気になるオクテイヴィア・E・バトラーのParableシリーズですが、再来年くらいに邦訳が出るという情報があります。https://twitter.com/chikushobo02/status/1237300005196558336?s=20

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