DWアンソロジー寄稿作品「無題」
『じゃあそれを罰にするわ。代償を払ってもらう。』
『そう、あなたは―』
『生き残るの』
「うぅ……。」
頭痛で目が覚める。また呑みすぎてしまったらしい。昨晩の記憶を手繰り寄せながらソファから身を起こす。怠さの残る体を引きずりながら薬棚まで向かい、痛み止めを取り出すとグラスに残っていたチェイサーの水で流し込む。
「主様のお目覚めですか。今日もご機嫌麗しいようでなによりでございます。」
仰々しい男の声が耳に入る。頭に響くような言い回しに思わず顔をしかめ言い返す。
「君には関係ないだろう。」
「そんなことはないさ。私も君の悪酔いの関係者なのだから」
男の返しに思わず鼻白む。男の指摘は何も間違っていない。私が酒に溺れている理由、それは宇宙で二人ぼっちになってしまったからだ。
「私」はターディスの中で「目が覚めた」。その直前の記憶はない。覚えているのは納屋に禁忌の兵器を持ち込んだ「前の自分」のことまでだ。「彼」はあの場所で死ぬつもりだったはずだ。にもかかわらず、なぜ「私」がターディスの中にいるのか。記憶が混濁している。目覚めた直後は酷く困惑した。
自分が生きているという事実を踏まえ、一縷の望みにすがるようにすぐさまターディスでスキャンを走らせた。が、故郷の星があった空間には暗黒だけが広がっていた。ダーレクの戦艦や兵器の残骸こそ見つかるものの、生命反応はおろかガリフレイの兵器類の信号すら拾い上げることはできなかった。おそらく「前の自分」は正しく兵器を起動させたのだろう。宇宙でひとりぼっちの種族になったことを確信した瞬間、自然と膝から力が抜けてしまった。
その後、あてのない放浪を続ける中で一人の男を見つけられたのは―この言葉はあまり好きではないのだが―奇跡だったと思う。死にかけた男をターディスに収容しできる限りの処置を施し、同乗者として迎え入れた。その日から宇宙で二人きりの種族になった。一人ではないという安心感と、今後同胞を見つけられないだろうという絶望感から、いつしか酒に溺れるようになってしまった。
「そんなことより『ドクター』、面白いものを見つけたぞ。」
男―マスターは「私」の様子など気にならないかのように話しかけてきた。頭痛が治まっていない状態で話しかけられるのはできれば勘弁してほしい。その上、『名前』で呼ばれたものだからたまったものではなく、憮然として言い返す。
「何度も言っているだろう。その名前で呼ばないでくれ。第一、今の私にとって面白いものなんて―」
「ない、と思うだろう?そんなことはない。君は不思議に溢れたこの宇宙が大好きだっただろう。嘘だと思うなら自分の目で確かめてみればよい。」
マスターに促されてコンソールに投影された映像に目を向ける。刹那、二日酔いだったことははるか遠くの過去の話となり、映像に向かって叫ぶのだった。
「このようなことは有り得ない!」
「そうだ、あの光景は本来あり得ないはずのものだ。だとするとあれは一体何なのだろうな。やはり私の言った通り面白いものだったじゃないか。」
同乗者の声が遠く感じる。いつもの持って回った言い回しのようだが、既に何を言っているのかも分からないほどに映像に見入ってしまった。そこに映るものが何なのかを理解するとともに、マスターを見つけた時や将来同胞の民を見つけるときに抱くでかもしれない感情とは全く異なるものが胸を満たしていくことが分かった。
「僕」は光の刺激により「意識を取り戻した」。徐々に自我が起動していくとともに周囲を見渡す。視界の片隅にあった鏡を見ると、そこには耳の大きな短髪の男が立っていた。
「なぜだ!」
刹那、全てを理解した「僕」は感情のままに鏡を叩き割る。
「なぜだ!なぜだ!なぜだ!」
鏡を粉々に打ち砕くと、自分の姿が映るものすべてに拳を突き立てる。
「なぜ僕は生きている!」
「僕」になる前の最後の記憶は、納屋に禁断の兵器を運びこんだ「男」のものだ。そこで兵器を起動して自分の物語を星もろとも終わらせるつもりであった。それにもかかわらずなぜ「僕」は自分の船の中にいるのだろうか。「男」は一人で逃げてしまったのだろうか。そんなことはどうでも良い。とにかく自分が生きているという事実そのものが許せないことなのだから。
内装という内装から光沢が消え、手が何倍にも膨れ上がり感覚がなくなった頃、ターディスのコンソールからアラート音が響き渡る。何を検出したのだろうか、「僕」がここにいるということは、兵器は不発でもしかすると母星も残っているのかもしれない。そんな万に一つの可能性に懸けて、すがるようにコンソールを覗き込む。コンソールが映し出した情報に思わず目を疑った。
「こんなことが。いや、まさか。」
そこに映っていたのは母星ではなかったが、ある意味ではそれ以上に衝撃的なものだった。「彼」が同じ体験をすることは二度とないだろう。
二つのコンソールに映し出された映像は、自分自身の搭乗する船と瓜二つの外観をもつポリスボックスだった。
互いの宇宙船を発見してからの動きが寸分たがわず同じだったのは、ひとえに「彼ら」が同一人物から再生した名残だろう。コンソールのレバーが引かれ、それに呼応して二隻のターディスが惹かれあうように漸近し、両者のドアが向かい合わせになる。フォースフィールドの範囲を確認してドアを開けると、そこには見知らぬ男が立っていた。
「君は誰なんだ!」
「君こそ誰なんだ!」
困惑したように鏡合わせの言葉が飛び交う。
「僕/私は―」
そう言いかけたところで二人は口を噤む。彼らはまだ自身の名前を持っていないことに気づく。そして、その態度から相手の正体を確信する。
「どうしてこんなことになっているんだ。」
短髪の男の問いかけに対して
「それは私にもわからない。モメントが起動したことによる衝撃でタイムラインが分裂してしまったのだろう。」
剃り込みの深い男が答える。宇宙を滅ぼしうるだけの兵器を起動したのだ。時空間に大きな影響を及ぼしていても何も不思議ではないだろう。特に自分はその兵器の最も近くにいたはずだ。生き延びたとしてもこのような数奇な形で運命がねじ曲がってしまうことはありえよう。とはいえ確実な情報がないため、双方ともにこれ以上の言及に意味はないと悟った。ただ一つ確信できたことがあるとすれば、この出会いが本来あり得ないものだということだけだろう。二人の男はまたしても言葉を失ってしまった。自分のことさえも整理できていないにもかかわらず、どうして『自分』にかける言葉がみつかろうか。
「ドクターが二人。非常に興味深い光景じゃあないか。」
永久に続くと思われた沈黙は、―必然的に―唐突な第三の声によって破られることとなった。髭の生えた男が剃り込みの深い男の隣にまでやってくる。
「君は―」
「私はマスター。君の宿敵だとも、『ドクター』。」
マスターは困惑する男を前にして悠然と自己紹介をする。
短髪の男は困惑しながらも警戒心をむき出しにする。
「マスター?なぜ君がその男のターディスに乗っているんだ?君もなぜその男を乗せているんだ?」
「それは―」
「救われたのさ。その男に」
口ごもる男を尻目にマスターは余裕を崩すことなく返答する。
「再生する余裕もなく死に果てる直前の私を救ったのだ。さすがは『ドクター』と言ったところだな。」
絶句する二人を尻目にマスターは尚も語り続ける。
「見たところ君自身は再生直後とお見受けする。そしてそちらに『私』はいないようだね。」
「タイムロードは全滅したはずだ、僕を含めて。」
「そうだろうとも。君がその引き金を引いたのだから。だが現に我々は生きている。その事実を受け止めた方が良いのではないかね。」
マスターは尚も語りを止めない。
「今の君たちは感傷に浸りすぎではないのか。いや、そちらの君はこれから感傷に浸る段階か。ともかく、生き残ってしまった以上はその責務を果たすべきだとは考えないのか。」
「いい加減自分の名前を取り戻す頃合いだと思うのだがどうなのだい、『ドクター』?」
言うだけ言って溜飲が下がったのか、マスターはターディスの奥へと姿を消していった。残された二人の男たちはあっけに取られてしまい、その場に立ち尽くすしかなかった。またしてもその場は気まずい沈黙に包まれるのだった。
「彼の言うことにも一理あるとは思う。『私たち』は誓いの下にこれまで生きてきた。」
剃り込みの深い男が口を開く。短髪の男も言葉を返す。
「そうだ。誓いを持っていた。だからこそ贖罪のためにも『僕たち』は『名前』を取り戻さないといけないのだろう。だが―」
「まだ君には早いかもしれない。再生したばかりなのだろう。これから少しずつ自分が何者なのかを知っていけば良い。」
「そうさせてもらう。君にも『名前』を名乗れる日が来ることを願うよ。」
唐突に二台のターディスが揺れた。異常を検出したアラートが鳴り響く。
「深刻な時空振動だ。今すぐこの場から離れないと二度とどこにも行けなくなるが、それでも良いかい?」
コンソールの奥からマスターの声が響き渡る。二人の同一人物が同一の場所にいることで不安定な時空間が崩壊寸前の状態になっているのだと気づくまでに時間は要らなかった。
「もう二度と会わないだろうが、」
「それぞれの時空で生きていくのだろうな。」
「お互いの時間を走り切り、」
「罪を償える日がくることを祈って。」
「「さようなら、『ドクター』。」」
永遠の別れの挨拶を済ませた二人の男は互いの船に戻ると、コンソールを操作して尋常ならざる時空間からの脱出を図る。片方は慣れた手さばきで、もう片方は初めてのコンソールに少し戸惑いながら、それでも二隻のターディスは異常な時間軸から脱出することができた。お互いのいるべき時間軸に到着すると同時に、「彼ら」は自身の意識が薄れてゆくのを知覚した。同一人物の邂逅によるタイムロードの防衛機構が働いているのだ。次に目覚めたとき、彼らはこの空間での出来事を覚えていないのだろう。二人の男は奇しくも同じ姿勢でコンソールから倒れ込むのだった。
「では、この出来事に意味はなかったのだろうか?そういうわけでもあるまい。」
倒れ込んだ男を見下ろしながら、誰に語りかけるわけでもなくマスターがつぶやく。
「記憶として思い出せなくとも経験として体に刻み込まれただろう。遅かれ早かれ、君はいずれ立ち上がる。『ドクター』として。それまでに必要な酒くらいは調達してやるか。」
コンソールを操作し周囲環境のスキャンを行いながら、尚もマスターはつぶやく。
「それにしても、向こうの『私』はどうしているのだろうな。失敗していなければ無事に生き延びているはずなのだが、果たして―。いや、私には関係のないことだったな。」
エンジン音を放ちながら、船は無事に時空振動を抜けることができた。その後に広がる空間はいつにもまして静かだった。そこで待ち受ける星々は―祝詞とも呪詛ともとれるような―美しくも妖しげな輝きを放っていた。
『ターディスが出す音分かる?唸るような、あの音。』
『耳にした誰もに希望を与えてくれる。』
『どこかで、道に迷う人にも、―あなたにも。』
2022年に頒布されたアンソロジー寄稿の原稿をそのまま掲載している。
何の話しか分からない人がここまで読んでいるとは思えないが、以下の記事を読むと作品の概要は分かると思う。
ちなみにDisney+で最新シーズンが配信されているので興味ある人は是非。
テーマは「9代目ドクター」の邂逅。
2005年に本作品のリブートが制作され、9代目ドクターが誕生したわけだが、その前にも公式アニメーションとして9代目ドクターの作品が制作されていたのである。
同じ世代の2人の同一人物。もちろん製作上の都合であることは承知の上で、その両者を正史扱いにしたいと思ったのが本作の出発点であった(はず)。
本編の邪魔をしてはいけないので、2人の会話風景がメインであり、しっかり忘れていただくことにした。大立ち回りが書けないからでは?などと邪推しないこと。
もしも本作からドクター・フーに興味を持たれた方がいれば、是非本家も視聴してみてほしい。今は少し視聴ハードルが高いが、いずれDisney+で見放題になるはず。なってほしい。
その後本作を読み返したくなってもらえたのなら作者としては創作冥利に尽きるというものである。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?