16人に選ばれなかった4年生へ
プロローグ
皆さんこんにちは。
前回投稿した記事から大分期間が空いてしまいました。
ここ最近は仕事だけではなくプライベート面も凄く充実していたこともあって、中々暇な時間を確保することができていませんでしたが、ようやく少し時間を確保することができたので、久しぶりにパソコンと向き合って執筆している今日この頃です。
今回のテーマは16人に選ばれなかった4年生へです。
では本題へ。
↑ちょうど一年前の記事
当時の気持ちが蘇ってきました。
1.すごく気持ちが分かるからこそ
1つ目はすごく気持ちが分かるからこそです。
私は4年間で16人のメンバーに入ることすらできませんでした。
特に最後の年に自分の名前が呼ばれなかったときは、箱根駅伝への挑戦は終わってしまったんだなという無慈悲な気持ちに陥りました。
箱根駅伝という最大の目標を失ったときに、もう頑張らなくていいのかという気持ちやモチベーションが皆無になり、気力がゼロになって目が死にかけている状態になってしまい、いつも通りの自分を周りに振る舞うことができませんでした。
今年もこのような気持ちになった4年生は大半を占めると思います。
周りに気を遣わせるのは正直仕方無いことです。
この気持ちは4年生にならないと分からない気持ちでもあります。
沢山落ち込んで沢山悔やんで沢山誰にも見せない泪を流してください。
2.最後まで4年生としての自覚と責任を
2つ目は最後まで4年生としての自覚と責任をです。
先程の上記の内容と矛盾するかもしれませんが、落ち込むなよとは言いませんが、いつまでも落ち込むなよとは言います。
トラック種目は個人競技ですが、駅伝はチームスポーツです。
走る10人はもちろんですが、10人以外のメンバーの頑張りもチームの結果に結びつきます。
いつまで経っても落ち込んでいて、周りに気を遣って貰っていてはチームの雰囲気を悪くしてしまいます。
これが逆に選ばれずに悔しいはずの落選した4年生がチームで一番盛り上げてくれたり、誰よりも頑張ったりするとチームの雰囲気は良くなります。
そしてそういった4年生は引退した後も後輩たちに、あの先輩は凄く良い方だったなと称賛され代々受け継がれていきます。
私は4年間で46、47、48、49期生が4年生の姿を見てきましたが、どの世代も箱根駅伝が終わるまではチームのために4年生が率先して行動してくれました。
この良き伝統が創価大学駅伝部の強みでもあると思います。
今年の50期生もその姿を目に焼き付けてきたはずです。
どうか最後まで辛いと思いますが、創価大学駅伝部の4年生としての自覚と責任を全うして欲しいなと思います。
3.この先の明るい未来へ
3つ目はこの先の明るい未来へです。
私自身引退してからもう少しで一年経ちますが、今も尚、今までの箱根駅伝の記憶は鮮明に覚えています。
1区の横山が六郷橋で離れそうになったのを最後は巻き返したこと。
2区のフィリップが本調子でない中、最低限で食い止めてくれたこと。
6区の濱野が最後の山下りでゴボウ抜きをしてくれたこと。
7区の葛西が最後までエースの姿を全うしてくれたこと。
9区の緒方が最初で最後の箱根駅伝で快走してくれたこと。
他にも昨年の箱根駅伝では、
7区の新家が大舞台で覚醒して頼れる存在になったこと。
10区の松田がクレバーな走りでシード権を死守したこと。
どれも鮮明に記憶に切り刻まれています。
特に同期は走れなかった同期の想いを全て背負い走り出してくれます。
そんな同期がみんな良い結果で終われたのなら自分も最後まで頑張って良かったなと、そう感じることができました。
そしてこの先の人生で苦しいときに支えてくれる精神的支柱になってくれるのが、大学4年間で血の滲む努力を積み上げてきた経験です。
16人を外れたからといって、この最後の最後で妥協してしまうと、きっとこの先も最後で手を抜いてしまう詰めの甘い人になってしまうかもしれません。
この先の明るい未来に向け、どうか最後まで妥協することなく、終わった後にやり切ったと言えるように残り僅かな期間を過ごしてほしいなと思います。
エピローグ
以上で終わりたいと思います。
今回外れてしまった、有田、石井、志村、泰良、遥平、治、唯心、悠良の8人は昨年までの三年間共に過ごしてきたので、一人一人に対して色んな思い出が詰まっています。
そんな彼らに対して偉そうに執筆していますが、正直本人たちが一番言われなくても分かっていると思います。
ですが、改めてどうか最後は4年生らしくカッコいい背中を魅せて引退してほしいなという意を込めて。
箱根駅伝まで残り22日。
さあ、頑張ろう創価。