夏に雪
雪が降ってきた。天気予報通りだ。
わたしの住むエリアでは、昼間に降った雪は積もらない。地面に触れたとたんに溶けてしまう。雪国に憧れがあるのも、このゆったりと降りてくる白い粒が、ふわっと着地するところを想像するからだ。もちろん、豪雪地帯の雪害の壮絶さも想像できる。だから、いいとこ取りの憧れ。ごめんなさい。
オットとムスメが出かけた月曜の朝、雪がチラチラと舞うのを見ながら、わたしはポツンと一人の部屋でお茶をすすっている。
オットは名前に「雪」という文字が入る。最初にそのことを知った時、冬の生まれなんですか?と聞いたら、いいえ、夏生まれです、と答えた。そのぶっきらぼうな感じを見て、ああこの人はこれまでに何百回も同じ質問を受けてきて、その度に面倒くさいと思ってきたんだろうな、と想像した。まあ、その気持ちはわかる。だからその先の会話は膨らまず、話題を変えた。
結婚してお父さんに聞いた。「どうして夏生まれなのに、雪なんですか」。するとお父さんは、「あいつが生まれたと知らせを受けた時、ちょうど南半球にて、雪景色だったんだよ」と答えた。なるほど。海外航路の貨物船で働いていた人だから、そういうことだったのかと納得した。へえロマンチックやないの、と思った。
台所に立って洗い物をしながら、お母さんにその話をした。「お父さん、南半球にいたから、名前に雪の字を使ったんですね」。するとお母さんは全く表情を変えることなく「え?あの子が生まれた時は、お父さんは家におったけどね?」と言った。わたしは泡だらけのしゃもじを持ったまま爆笑した。
…と、いうような思い出を胸に、なんとなく気持ちを落ち着かせようとしている。お怒りが続行中のオットだが、実は重度の花粉症だ。だからこの時期、機嫌がいい日の方が少ない。アレルギーの苦行に加えて、わたしが気に入らないことをしたので、怒りが倍増したと思われる。人は体調が悪いと、精神的にもガマンがきかない。そして、焼け野が原となった精神が修復するには時間がかかる。普段は穏やかな人でケンカもしないため、荒れた後の軌道修正に慣れていない。時間をかけるしかない。こういう時、日常とはちょっと違ったことでも起こると、少しは会話が成り立つかもしれないのだが。
晴れ間が差してきた。もう、雪は全部溶けてしまった。