行ったことのない住所

今日はガイアナから電話がかかってきた。ワン切り詐欺が日常になるのは困るなあと思いながら、こうして初めて聞くような国名を携帯の着信画面で見るのはちょっと愉快だ。

それで思い出したのは、地図を見るのが好きな友だちのことだ。彼女は広げた地図を隅々まで眺めながら、この街にも人が住んでいて、毎日笑ったり怒ったりしているのかと考えるのが好きなのだそうだ。そんな彼女はコールセンターでアルバイトをしている。

テレビショッピングの注文電話が鳴る。商品の注文を受けながら、住所を聞く。都道府県→市町村→番地と住所が細かくなっていくにつれ、その人の住む場所が絞られていく。「地図上でしか知らない地名を聞くと、ワクワクするんだよね〜。」

雪深い町かもしれない。路地裏の猫があくびをしているかもしれない。バスが一日に数本しか来ないような場所かもしれない。そんな土地に住むおじいちゃんやおばあちゃんが、全身がほぐれるマッサージチェアとか、ぐっすり眠れるマットレスなんかが到着するのを待っている。「おお、来た来た」と喜ぶ顔を思い浮かべる。

行ったことも歩いたこともない町。聞いたこともない地名。どんな景色がそこにあるのか、どんな言葉が聞こえてくるのか、想像するだけで嬉しくなってしまう。彼女はその仕事が楽しくて仕方ないらしい。

グーグルマップとか見ないの?と聞いたことがある。「見る見る見るよ!」と勢いよく彼女は答えた。こちらでは主に、外国の、行ったことがある場所のストリートビューを見るらしい。ああ、こんな場所だった、と確認しながら、旅行した時の思い出に浸るのだそうだ。

わたしもガイアナをグーグルマップで見てみた。ストリートビューはなかったけれど、いくつかのポイントで360°の景色を見ることができた。海の青さと太陽が作る影の濃さが暑そうに見えた。学校には、白いペンキが塗られた不揃いの机が並んでいた。学校の壁は暑さをしのぐために風通しをよくしているのか、板の間隔が大きくて、隙間だらけだった。そこには絵を描いている子どもと、こちらに背中を向けて何かをしている人が写っていた。

彼女のワクワクがちょっとわかった気がした。




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