あっこちゃんと珍道中 ④にわか雨
滞在中のロンドンは、毎日、晴天だった。あっこちゃんは晴れ女だから。
でもその日は、にわか雨が降った。わたしとあっこちゃんは、街はずれを歩いていたのだが、傘を買おうと思い立った。わたしたちが店に入ると、奥からスーツにネクタイ姿の紳士がおっとりと現れて、何かお探しですかと聞いた。わたしは旅行用の折りたたみの傘が欲しい、と言うとあっこちゃんがそれを訳してくれて、店主は「なるほど」と頷いた。
それならこちらなどいかがですか、と並べられたものを見て、わたしは黄色の傘が気に入った。「どうぞ開いてみてください」と、店主に言われるままに傘を開いたら、その鮮やかな色に気持ちがパッと晴れた。「これにします」と渡すと、店主は傘を折りたたみながら、ニコニコ笑いつつ何か言った。「なに?」と聞くとあっこちゃんが「この傘をさすと、雨の日でもお日さまが一緒にいるような気分だよって」と教えてくれた。なるほど、良い表現だなと思った。「あなたは?」と店主が聞いて、あっこちゃんが「No,Thank you」と答えた。店を出たら、雨はもう止んでいた。あっこちゃんは本当に晴れ女なのだ。
歩くうちに、わたしたちは下町と呼ばれる地域に足を踏み込んでいたようだ。そのあたりは「コックニー」と呼ばれる訛りがある場所だと聞いていた。あっこちゃんが言った。「なんだか道に迷ったみたい。行きたいところとは方向が違う感じ」と不安そうだ。たしかに、大通りから外れていくし、住宅街に迷い込んだみたいだ。わたしたちが地図を広げていたら、目の前のパブから出てきた作業着のおじさんが3人、こちらにやってきた。英語はわからないのだが、雰囲気で「何か困っているのかね」と言ってくれたように思った。わたしは地名だけ言った。すると、「おう、そこならよぉ」みたいなノリで、おじさんたちは「ここをまっすぐ行け」と繰り返し言った。「スチャリャーップ」と聞こえた。わたしはそれをstraight upと言っているんだろうと思った。さらになんと言っているのかは分からなかったが、おじさんたちは、バス停があるからそこからバスに乗れ、と案内してくれた。そう確信したわたしが「Thank you!」とにこやかに挨拶をしたら、おじさんたちは「おうよ、気をつけてな!」と言ってくれたようだった。手を振って足取り軽く歩き出したわたしに、あっこちゃんは「今の、わかったの?」と遠慮がちに聞いた。「え。そうじゃないの?まっすぐ行ってバスに乗れって言ってなかった?」とわたしが驚くと「ぜんっぜんわからなかった」と答えた。
行きたかったところへ無事に着いて、あっこちゃんが安堵したように「よかった。合ってた」と言った。英語が話せる人でもこんなに不安なんだな、だとしたら、あっこちゃんがいれば大丈夫だと安心しきっていたわたしは、頼りっぱなしですまなかった、と思った。でも、英語が話せなくても、通じるときは通じるのだ、と愉快だった。
すっかり日も暮れて、歩きにくい石畳の道をゆく。今夜は、あっこちゃんが行きたかった、ナイトクラブへ探検だ。
(つづく)