かなだら
物忘れがひどい。この頃、日常会話も滞る。
生まれてからこのかた、脳の引き出しにあれだけ詰め込んできた日本語が出てこない。外国語なんて深海の奥底に沈んでいる。小学校6年生で暗唱できたモールス信号や電波法なんか、1ミリも覚えていない。
先日、雑談をしていて、あれ?と思った。慣用句が出てこないのである。「なんだっけか。あの、ほら、座るところもない、みたいな」と言ってみたがしっくりこない。「立ってる隙間もない、っていうか」そう言いながら、脳内は大捜索が始まっている。なんだっけなんだっけなんだっけ。映像のイメージは、「部屋中が散らかって、人が入れない状態」だった。だが結局、それは言葉としては出てこなかった。
翌日、全く前触れもなく、ポコンと見つかった。「足の踏み場もない」である。「立錐の余地もない」も紐付けで出てきたが、意味が違う。言いたかったのは「足の踏み場もないほど散らかっている」だった。
そういえば、この頃、人と話をしていても、中断することが多い。言葉が出てこないのだ。なんでだろう。「あー、あー、あの、ほら、ええと」とか言える場面だったらいいが、上司との会議中だったりすると、かなりキツイ。たとえそれが友だちとの楽しい雑談中でも、わたしが話題を遮ることになってしまい、場がしらける。年齢的にそろそろかもしれないが、まだ早いのかもしれない。しかし、そんなわたしに発破をかけるような出来事が。
昨日、YouTubeを見ていたら、韓国語のグループレッスンをライブでやっている人がいた。先生は韓国人のようだ。わたしは、先生がなんと言っているのか、全くわからない。時々、日本語で質問する女性が一人いた。
突然、先生が日本語で言った。「逆質問は禁止します」なんのことだろう。「あなたはわたしの質問に、逆質問をしています。わたしがこうですか?と聞いているのに、答えではない『言っていいですか』とか『こういう意味ですか?』とか、質問をしています。これは時間の無駄。わからなくても、言うんです。間違ってもいい。わからなかったら、「わからない」と言うんです。その無駄な質問の間に、1行でも2行でも、話せるんですよ。人の発言を横取りするくらいの気持ちで喋ってください。わたしも日本に来て、大学に通っていた時、そうしていました」
なんと意欲的な人だろう。人の発言を横取りするのはまあ、勇気がいることだとは思うけれど、自分から発する言葉があれば、前に進む。その言葉が間違っていたとしても、軌道修正を先生がしてくれる。いいなあ。
この先生に習いたいなあ。いつの間にかそう思っている自分がいた。おいおい、待てよ。日本語を忘れ始めているというのに、新しい言語が習得できるのか?わたしの中のわたしが水をさす。いいじゃん、やってみてダメならそれでも。わたしはわたしに反論する。
この15年、言い訳をして、やりたいことを棚上げにしてきた。子どもがまだ小さいから、オットがいいと言わないから、お金がないから、時間がないから、体調が悪いから。まあ、スケジュールと体調は自分ではどうにもならない部分もあるけれど、あれこれ言い訳を言う前に始めるのだ。やれよ、わたし。がんばってみろ。
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