高齢化問題に行政府×デザインで立ち向かう
世界中で急速に高齢化問題が深刻になっており、各国は問題に対して様々な試行錯誤を行っています。現在、日本は高齢者率ランキング世界No.1ですが、今後も高齢化は進み続け、2036年までには総人口の3人に1人が65歳以上になると言われています。間違いなくやってくる高齢化社会に対して私達はどんな事ができるのか、今回の記事では高齢化問題に対する気になった行政絡みの取り組みを紹介します。
スペキュラティブデザインをつかったアプローチ
デンマークのDanish Design CenterやUKのPolicy Labでは、スペキュラティブデザイン的なアプローチを利用して、具体的な議論を巻き起こしました。
スペキュラティブデザインとは元RCAのアンソニー・ダンが提唱した立場。問題解決型のように「未来はこうあるべきだ」と提唱するのではなく、スペキュラティブデザインは「未来はこうもありえるのではないか」という憶測を提示し、問いを創造するデザインの方法論である。このデザインの目的は、未来を予測するのではなく、「私たちに未来について考えさせる(思索=speculate)ことでより良い世界にする」ことである。上記のようにしばしば、問題解決型のデザイン思考と対比される[1]。このスタンスは、世の中の価値や信念、態度を疑って、さまざまな代替の可能性を提示する役割を担っている。 (wikipediaから引用)
Danish Design Centreでの取り組み_2050年の未来予測とプロトタイピング
”2050年の福祉”と言われた時に、あなたは何を思い浮かべますか?
想像が難しいと思いますが、それはこのnoteを読んでいるあなただけではなく、未来を考えて対策するための行動をしなくてならない行政の職員も同じような感想を抱くと思います。
抽象的でふわっとした議題を扱うため、Danish Design Center (以下、「DDC」と記載)では、public future(社会・政治などを専門にするfuturistが集まるデンマークの団体)とFokstrot(デンマークの建築スタジオ)と共に、ヘルスケア分野の専門家100人と共同して、具体化・視覚化した2050年の福祉について4つの未来シナリオを開発。このシナリオをもとに、3500人以上のリーダークラスの行政内職員・教育者・政策立案者と未来の体験について議論を行いました。
Boxing Future HealthCareの様子(引用元:DDC記事内)
また、この4つの未来シナリオ体験するための空間としてプロトタイプ「Boxing Future HealthCare」を制作。4つのシリンダーの形をしている”Box”に入って、感じたり、匂いを嗅いだり、音を聞いたりすることで2050年のヘルケアを体験する事ができます。未来を見える化することはすなわち、未来を想像することができる機会をわたしたちにに与えてくれます。
プログラムのディレクターであるSara Striglerは以下のように語っています。
「抽象的に感じるかもしれませんが、それこそがこのプログラムの目的です。この実験的なプロジェクトでは、2050年の医療サービスについて、現在と根本的に異なることを考えるきっかけを与えてくれます。たとえば医療分野での政治においては、サービスと解決策をつくるかという問題よりも、がん治療に新たな数十億を投入するかどうかという問題になりやすい傾向があります。このことが、(ヘルスケア分野に対して)より深い議論を始めることを難しくしています。」
このように、行政の政策立案やヴィジョン策定の前段階としてスペキュラティブデザイン的なアプローチを用いることは、中長期の未来の課題に人々を巻き込み、政策立案者や意思決定者、市民の理解を促します。ツールとしてのスペキュラティブデザインは、未来を正確に予測することはできませんが、適切に利用することで人々が未来にアプローチし、未来をデザインする方法を与えてくれます。
実践的な取り組み
上記のように政策を立てる前段階として利用されていたスペキュラティブデザインにおけるWSやプロジェクトとは異なり、現実世界に既にある課題に対してアプローチした実践的な取り組みをいくつか紹介します。
在宅介護サービスを受ける高齢者の安全性向上をデジタルサービスで改善する_スウェーデン/ウドヴァッラ市
ウドヴァッラ市は、高齢者が安全に在宅介護サービスを受けさせたいと考えていました。訪問毎で在宅介護の担当者が変わるため、高齢者は次回の担当者が誰であるかわからないことに対して不安を感じていました。そこで、イノベーションガイドのプログラムに参加した市の職員は、高齢者が次回の在
宅介護担当者の写真を見ることができるサービスを開発しました。このサービスは高く評価され、現在、試験的に在宅介護職員以外のグループでも実施されています。シンプルな解決策で大きな成果を生んだ事例。
高齢者向けの食事サービス_デンマーク/ホルステブロ市
引用元:The index Project
少し古い2007年の取り組みですが、よくサービスデザインのケーススタディとして紹介される有名な事例の1つです。
当時,、デンマークのホルステブロ市では約12万5千人の高齢者が公的機関の配食サービスに依存しており、そのなかでもケアホームに入所している60%の高齢者が栄養失調に陥っていました。ホルステブロ市の行政はデンマークのイノベーションファームhatch&Blumと協力し、高齢者の栄養状態を改善するためにこの高齢者向けのフードサービスをリデザインしました。
The Good Kitchenと名付けられた新しいソリューションは、高齢者の食体験の質の向上をただ改善するだけではありませんでした。ヴィジュアルデザイン・コミュニケーションデザイン・配送の仕組みづくり・製品のストーリーテリング・ユーザーフィードバックの方法などを含むサービス全体をリデザインすることで、高齢者の社会公的交流の活発化や高齢者自身の敬意を向上させることにも寄与しました。このソリューションによって、サービスを受ける高齢者の満足度は22%増加し、食事の売上が78%増加しました。
日本での実践的取り組み
最後に、わたしが好きな日本での実践的取り組みを紹介します。
福島県いわき市の地域包括ケア igoku
igoku(いごく)は、福島県いわき市役所の地域包括ケア推進課が編集するメディアで、老・病・死をテーマにウェブサイトとフリーペーパー、さらには参加型野外フェスigokuFesの開催などを通して情報発信を行っています。
この取組は2016年から始まり、2019年にはグッドデザイン賞で全応募4772件のうち、5位に選ばれるという快挙。同年、他ファイナリストは全て大手メーカーというなかで、明らかに異色なプロジェクトでした。
その異色さは、下のビジュアル(ポスター・フリーペーパー)を見ていただくと伝わると思います。
引用元:igoku
引用元:igoku_vol2
一瞬ハッとするようなコピーライティング・写真、目に留まるデザイン。開催している野外フェス「igokuフェス」での企画も、涅槃スタグラム(遺影撮影)やVR看取り体験、と福祉分野にあまり明るくない自分が出会っても、つい気になってしまうようなものばかり。
それもそのはずで、なぜならigokuは、まだ「老・病・死」を当事者だと感じていない高齢者やその家族に対して、興味を持ってもらい、手にとって見てもらうことを目指してデザインされています。igokuのユニークスは「老・病・死」という重いテーマを扱いながら面白がって伝えることで、これから遠くない未来に当事者となるいわきの人々に「前向きな自分ごと」であると感じさせることだと感じました。
また、その取り組みはいわき市ローカルに根深く紐付いています。igoku編集チームは福島県いわき市の地域包括ケア推進課の職員と、いわき市内に在住のクリエイター・エディター・ライターたちによって構成されたメンバーで構成されています。メディア初期の取材は、全メンバーで地元の高齢者に会いに行き、そこで起こる予想外なカオスをみんな楽しんでいたそうです。個人的には、このような地域に根づくような取り組みはその土地に暮らす当事者たちでつくりあげることが、相乗効果的に価値を生み出すように感じており、まさにそれを体現している素晴らしい取り組みだと思いました。
igokuの名前がいわきの方言であることも、ウェブサイトのステートメントが方言で書いてあるところも、地域の高齢者たちを「先輩」と呼んでリスペクトているところも含め、個人的にすごく応援しているプロジェクトです。
おわりに
高齢化問題に対する取り組みを紹介してきました。各取り組みごとに問題を紐解く起点は異なりますが、それぞれがユニークで面白い取り組みだと思います。
高齢化社会の到来に対し、行政は今後ますます高齢者市民と共同してサービスや仕組みを模索していかなくてはなりません。重要なことは、わたしたち市民が他者への想像を通して、自らが当事者となり実践していくことが不可欠であるように感じました。そのための方法の1つとして、スペキュラティブデザインやサービスデザインなどのアプローチを利用することも、新しい可能性を開くための手がかりとなるでしょう。
最後に、igoku編集長の猪狩 僚さんとアートディレクター・グラフィックデザイナーの高木 市之助さんに先日インタビューさせていただきました。記事は3週間後くらいに、こちらのマガジンで掲載予定です。ローカルな「実践」について深く語っていただいたので、乞うご期待ください。
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一般社団法人公共とデザイン
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