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共感から生まれる公共のイノベーション

Empathyとはなにか

デザイナーの専門家もつ普遍的なスキルとして「Empathy(共感)」をよく耳にします。共感、といえば理解できるものの、日本語の共感を英語で訳すと、EmpathyとSympathyの2つがでてきます。

Oxford Leaner's Dictionaryでそれぞれの意味を調べてみると、それぞれの言葉は以下のように定義されていることがわかります。

Sympathy
Sympathy, the feeling of being sorry for somebody; showing that you understand and care about somebody’s problems
気の毒にと思う気持ち。他者の問題を理解し、気にかけていることを示すこと
Empathy
Empathy, the ability to understand another person's feelings, experience, etc
他者の感情や経験を理解する能力

Sympathyは感情、Empathyは能力

EmpathyもSympathyも、日本語では同じく「共感」と訳されることからわかるように、日本語の中でその2つが意識的に区別されることは少ないように思います。

ブレイディみかこさんがぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルーの中で、彼女の息子がEmpathyとは「自分で誰かの靴を履いてみること」と表現していました。

また、同じ時期に読んでいた青木先生のインダストリアルデザイン講義のなかでこんな記述がありました。

デザインという思考は、まず他者の話を聞くことから始まります。問題を抱えている方々の痛みを我が事のように引き受ける。(中略)「痛みを俯瞰する・客観化する」のではなく、「痛みを引き受ける」ことができるか。この第一歩の違いが、デザインの思想と方法を大きく変えていきます。

「痛みの俯瞰や客体化」は自然に沸き立つ感情そのもの=Sympathy、「痛みを引き受ける」は自らが働きかける能力=Empathyだとわたしは解釈しています。

つまり、デザイナーが持つEmpathyとは、自らがデザインする対象(モノ・サービスetc)に関わる人に対して、自分の人生の中から過去に経験したことのある体験や感情を探して他者と感情を共有する、共有しつながろうとする能力のことではないでしょうか。

 Empatyは人間だれもが持っている能力

一方で、Empathyはデザインを職業としている専門家だけが持つ能力なのかというともちろんそんなことはありません。エンツォ・マンズィーニは「日々の政治」において、デザインの能力(つまり)を”人間の資質として誰もが有している能力(Capbility)”であると語っています。つまりその中に内包されるでEmpathyも、人間が素質的にはじめから持っているケーパヴィリティであり、そして育んでいくことのできる能力であるということです。

個人的な感覚ですが、職業としてのデザイナーはデジタル・アナログ・無形・有形・2次元・3次元などの対象を問わず、デザインの繰り返しを通して、デザイナーのスキルセットとして重要なEmpathyのスキルを育てているのではないかと想像しています。

繰り返しますが前述の通り誰もがもっているケーパビリティなので、自らへの内省や他者や他者との対話の中から発見し、育てていくことができます。

共感から生まれる公的なイノベーションとは

共感、他人を想像し感情を共有していく能力を育んだ上でつくられた、より高い共感性を持った政策立案の実践は、良い政策・サービス・政策のアウトプットに対する効率化とコスト削減につながり、最終的に人々のより良い生活へとつながります。

Empathyを自ら育んでいくための一番簡単な方法は、自らが主観的に直接体験することです。もちろん私達は、物理的に自分の性別を変えたり、出生やバックグランドを交換したりすることはできません。主観的に体験するための方法として、対話や観察、人を知るための各種デザインの手法があります。

公共の組織が市民の経験をよく理解し、その経験がどのように改善され、その結果、市民の行動がどう変わるのかを学ぶために、市民の参加を切実に必要としています。なぜならば、公共機関の職員は必ずしも自分たちが生み出したり、規制するサービスの利用者であるとは限りません。例えば、ソーシャルケースワーカーの中には、アルコール依存者であること・ホームレスであること・障害を持った子供を持つという経験を持っている人はほとんどいません。また、民間企業を規制したり、サービスを提供する公務員の中には、企業を経営した経験がある人もほぼいません。

たとえば、ある時、デンマークのMindLabのプロジェクト内で、FoundrであるChristian Basonは(公共機関の)管理職の医療専門家のグループにプレゼンテーションを行いました。専門家の多くは、自分も一度は自らが病気にかり、病院へ行ったことがあるので、「患者になるという体験がどのようなものであるのか知っている」と言ったそうです。しかし、デンマーク語ができないソマリア移民の女性患者として病院に行ったことがある人はどれくらいいるか?という質問をすると、デンマーク人だけで構成されたグループは黙り込んでしまいました。

公共分野においてイノベーションを起こすためには「誰のために開発しているのか。彼らはどんな生活をしているのか。彼らにとっては何が重要なのか、そして私達(公共機関)が達成しようとしている成果を助けたり妨げたりするような動機・習慣・関係性・資源はなにか」ということにフォーカスすることが重要です。そのためには、公共サービスを受ける側になるとはどういうものなのかを、政府職員や公務員が直接体験し、共感することに価値があります。

イギリスの内閣府(Policy Lab)、ポルトガル政府(LabX)、NYの連邦政府機関(NYC Opportunity)、デンマークの中央政府(Danish Design Centre)などの公的機関は、人類学者やデザイナーを招き入れ始めました。両者は全く異なるスキルセットを持っていますが、エンドユーザーの視点を捉える上でそのスキルを補完しあっています。また、彼らのスキルを公務員の人たちもインストールし、実際の現場を自分の目で見て主観的に感じる機会を増やしています。

ブリュッセルにある欧州委員会のイノベーション&アントレプランナー局(現:The Directorate-General for Internal Market, Industry, Entrepreneurship and SMEs)では、管理職が支援・規制する企業の日常生活を肌で感じるために、毎年1週間、民間企業に滞在することを義務付けていました。また、同様にMindLabでも現地調査を行う際には、公務員の同僚を常に同行させ、彼らが規制したり提供したりしているサービスの文脈に浸れるようにな取り組みをしていました。

 ホームレス化防止のプロジェクト_Policy Lab

このプロジェクトでは、施策立案者・スタッフ・専門家などのステークホルダー内で共感を構築するために「映像」が大きな役割を果たしました。

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引用:Sarhaが持っている小さな冷蔵庫

わたしたちはだれもがホームレスについて知っていますが、ほとんどの人たちがホームレスを経験したが有りません。ホームレスと言う言葉でわたしたちが想像するのは路上生活者ですが、実際にイングランドのホームレスの殆どは、屋内で暮らしています。

このプロジェクト内では映像を使って、様々な生活を送るホームレスの日常的な経験を政策立案者に対して提示しました。Travelodge(激安のホステル)でSarhaさんが立て掛けている小さな冷蔵庫、Cassieさんがホームレス用のホステルの自室をより家庭的な雰囲気にするために購入する古いラグ、サポート付き住宅プロジェクトで支援を受けているHanaさんが、コーチにうつ病をやわらげるためにランニングをするように説いているようなシーン...映像によって”ホームレス”というひとくくりではなく、一人ひとりの生活をナラティブに語ること。これらは、視聴者であるわたしたちの日常とはかけ離れた困難な体験を浮き彫りにし、政府が支援する必要性を強調しています。

最終的にこのプロジェクトでは、ホームレス化を防ぐための新しいアプローチをテストするため、地方自治体に2000万ポンド(約27億)の資金援助へつながりました。

デンマーク労災委員会の事例

「労災事件を処理するための人は、健康的でなければならない」

デンマーク労災委員会にとって大きな変化のきっかけとなったのは、負傷した市民が委員会に向けて放った皮肉的な発言でした。仕事中に身体的・精神的に負傷した市民が保険請求を査定する機関である労災委員会は、 専門的に運営されている政府機関でした。もともと労災委員会では鋭く策定された戦略のもと、効果的なパフォーマンス管理システム、社内外のプロセスの多くをデジタル化し、リーンマネジメントの実施し、フローのスピードアップと質の向上を実現していました。

しかし、この機関がMindlLabと共同で、わずか4人の労災市民を対象に、州や地方自治体の職員との面談を観察したり、自宅で最初から最後までケースのストーリーを語る市民をビデオ撮影したりして、詳細なエスノグラフィー的なフィールド調査を実施したときには、予想外の結果がでました。

迅速に事件を解決するために存在していた「出張チーム」は、その存在目的とは真逆に、市民にとっては混乱を招き不快な思いをさせている原因となっていました。事件解決までの期間が非常に長くなることが多いために行っていた一時的な保険金の支払いが、市民にとっては「この額が最終的な保険金の支払い?」と勘違いし、フラストレーションを引き起こしていました。

市民の許可を得て、映像を分析し、経験した特定の問題に対してより良いアプローチを作成するために使用し、サービスプロセスとコミュニケーションを再編成しました。また、ビデオの一部を利用して、組織全体での体系変更の提案を作成し、そのプロセスでトップエグゼクティブと現場のスタッフの両方を巻き込みました。

まとめ

共感は人間が生まれながらにして持つ能力であり、その能力によってより高い共感性を持った政策立案の実践を行った例を紹介しました。2つのプロジェクトの共通点としては、共感によって自分たちの持つバイアスや思い込みを突破し、他社に対して共感を持ちながら現実に向き合うというところがプロジェクトのスタートとなっている点だと思います。

今回も、前回の記事と同様、問いを立ててる試みで終わります。

・あなたは対話を通じて、自分のステレオタイプに気づき、他者に対して共感した経験はありますか?
・他者に対して共感をすることで、新たな気づきを得た経験はありますか?

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一般社団法人公共とデザイン
https://publicanddesign.studio/


Reference

エツィオ・マンズィーニ(2020)『日々の政治』(安西 洋之・八重樫訳)ビー・エヌ・エヌ新社

Christian Bason (2018).Leading Public Sector Innovation 2E: Co-creating for a Better Society (English Edition).Policy Press

ブレイディ みかこ (2019)『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 』新潮社

青木 史郎(2014)『インダストリアルデザイン講義』東京大学出版会 

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