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発展途上国におけるイノベーションラボの役割

これまで政府や地方自治にあるデザイン・イノベーションラボをいくつか取り上げてきましたが、その大半がヨーロッパ・アメリカ・オセアニアなどの先進国の事例が中心でした。今回は発展途上国におけるイノベーションラボの事例やプロジェクトを紹介します。

発展途上国における課題と機会

先進国の持つ課題と比較すると優先順位や緊急度が異なる課題が存在しますが、このような機会は逆にチャンスでもあります。経済が十分に発展している国では複雑な公共サービスや制度が構築されてしまっているため、再構築には難易度やコストが高くついてしまいます。そのため発展途上国においては、最先端のスキルや知見・テクノロジーを織り込んだサービスを構築することができる可能性があります。

例えば、優先度の高いミッションやアジェンダとして以下のような課題が取り上げられます。

・経済を持続的に成長させ、生活水準を向上させること
・若く有能な市民を国内にとどめ、不平等に対処すること
・政府全体の汚職を根絶し、公に貢献する功利主義的な公務員を増やすこと
・国際関係を円滑に維持し、自国の利益になるような関係性を築くこと
・ 民主的な信頼を構築し、市民社会全体に権力を分配すること

ここから具体的なイノベーションラボを取り上げていこうと思います。

Laboratorio de Gobierno(チリ)

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Laboratorio de Gobiernoは2013年にラテンアメリカで初めて政府のイノベーションラボとして立ち上げられました。ディレクターのRoman Yosif Capdevilleは「ラボの立ち上げ直後、ラテンアメリカでイノベーションラボが直面する課題は、アジア・ヨーロッパ・アメリカに存在するラボとは大きく(性質が)異なることがわかった」と語っています。

2013年に立ち上がった後、公共サービスの利用者に焦点を当て省庁間プロジェクトとしてラボがスタートを切ったのが2014年。このときのメンバーはメキシコの7つの省庁の代表者、デザイナー、デジタルの開発者(エンジニア)、弁護士、人類学者、政治学者、歴史学者、経済学者、行政官など、様々な分野から約20人の専門家からなるチーム構成でした。

少ないリソースでより多くの成果を求められることが公的機関の義務であること公的機関が市民と対話する方法を再構築すること新しい社会課題が起こった場合には同じ戦略を使い回さずに変更できるようにすることなどが、公的機関が運営するラボに要求される基本的な条件でした(ちなみに、これらの条件は他の欧米諸国やアジアの国々でも同じように求められる条件です)。

これらの条件を達成するため、チリの事例ではデザインや社会学をベースとしたフレームワークをプロジェクトに利用していました。特に、Laboratorio de Gobiernoの仕事の指針となる4つの方法論的原則には、その影響が色濃く反映されているように思います。

1.個人・公務員だけではなく、市民にも焦点を当てる
2.問題を体系的に俯瞰する
3.協力及び参加に基づく、持続可能なコ・デザイン
4.学習の試行錯誤のプロセスとしての実験


電気料金の法律をリデザインするプロジェクト

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引用元:lab.gob.cl

ラボと消費者保護局が実施した調査では、電気や燃料の料金内容についての市民の理解に問題があることがわかりました。加えてそれ以前にも別の調査で、低所得世帯の半数が家計の1/3近くをエネルギー代の支払いに占められていることが重要な課題として存在していました。

これらの課題を解決するために、ラボ・消費者保護局・SEC(Service of Electricity and Fuels)では、エネルギー法案のリデザインを行いました。

デザインのプロセスでは、①発見 ②定義 ③構想 ④実現 の4段階に分けられ、各段階ではエコシステムの利害関係者のマッピングやプロトタイプ作成のワークショプなどが行われました。その際には、チリでエネルギー供給を行う34の企業の代表者・国内15地域からそれぞれSECと消費者保護局の代表、電力代理店、市民の代表者が招待され、議論に参加しました。

パイロットプロジェクトの最終段階では、新しい法案を評価するため、内容に対する理解度と信頼度を図るための調査が行われました。新しい法案を適応したところ、信頼度は47.2%→70.4%に、法案の理解度は49.2%→71.7%に改善しました。また、同時に評価された政策に対する透明性は47.3%→ 76.7%、わかりやすさは50,6%→75%へと成長しました。

公務員・民間企業の代表者・市民を巻き込みながら、エビデンスを基にステークホルダーにとって理解しやすいものを探索するためにさまざまなプロトタイプを作成・テストしたことで、結果が数字にも現れ、透明度や信用度を高めることに成功しました。

これらの実験を基に、2017年に成立した最終的な法案では、全てのエネルギー企業の電気料金表方法として、以下の事項が義務付けられました。

・明確な言葉を使用し、ユーザーが料金と支払い期日をわかりやすく示す
・わかりやすくするために優先順位をつける 
・専門用語の用語集
・年間消費量のチャート 
・コストを節約するためのヒント
・住民が苦情を伝えるための連絡先 



BEFORE
引用禁止の論文なのでリンクのみ掲載しますが、20pに法律改正前のとある電力会社の料金票が掲載されています。スペイン語なので読めませんが、広告が大部分を占めており、どこを見れば良いのかもよくわかりません。

AFTER:
こちらも読めないことには変わりませんが、BEFOREと比べ情報が整理され簡潔に支払金額や内訳が示されていることがわかります。

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引用元:La co-creación de las nuevas cuentas de electricidad

Laboratorio de Gobiernoの成功要因

ディレクターのRoman Yosif Capdevilleは、イノベーションラボの立ち上げの成功には、次の4つの重要な要素があった、と振り返っています。

1. 最初の立ち上げ段階から学んだことを体系化し、イノベーションモデルを次のレベルに引き上げた
ラボ運営の初期段階で行ったすべてのことを慎重に評価し、改善すべき重要なプロセスを特定。そのノウハウを基に、「①よりアジャイルに②着手するプロジェクトの実施を常に現実的に考え③課題解決の共創という点では常にステークホルダーをリードする」ための新しいモデルを開発しました。

2. 多彩で柔軟なチームメンバー
モデルの変更は、チームがアジリティという新たな課題に直面するための柔軟性と、ラボの行動範囲を拡大するための新たなメンバー・職能・スキルセットの構成を考える必要があることを意味していました。

3. 応援してくれる人を増やす
行政サービスのキーマン、イノベーションアクター、起業家、公務員、学者、市民、そして私たちと一緒に仕事をし、ラボの作成を手伝ってくれた人たちから、多くの主要なアクターが私たちを代表して迅速に発言してくれたことが、大きな価値へ繋がりました。

4. 大統領府からの強い支援
メキシコの大統領ミシェル・バチェレが第2代大統領就任期間でメキシコシティの改革を約束し、その実現の場としてラボが設立された経緯があるため、大統領府の大きな支援がありました。

発展途上国の政府や国民にとって、「イノベーション」は贅沢で余剰なものとしてみなされ、ラボ以前にも存在していた多くの素晴らしい取り組みは長期的に持続することができませんでした。そんな難しい状況の中でも立ち上げから3年でラボが生み出すイノベーションの価値の実証に成功し、政府の変革を加速させ、イノベーションラボの成功例の一つとして取り上げられるまでになりました。

もちろん、ラボは立ち上げ時期からうまくいったわけではなく、政権交代をはさみ4年の月日がかかりました。ラボが生み出すイノベーションが価値を認められた現在では、立ち上げ時の古典的なイノベーションラボラトリーから、需要に応じた戦略のもと、コンサルティングモデルへと移行しています。

市民参加とオープンガバメントを醸成するKOLBA LAB(アルメニア)

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日本に住んでいて「発展途上国」と聞いた時に思い浮かぶのは、東南アジアやラテンアメリカの国々かと思いますが、加えて旧ソ連の国々であるアルメニア・グルジア・モルドバなども発展途上国の国々として名前が上がってきます。

アルメニアの中央政府に属するソーシャル・イノベーション・ラボのKOLBA時間は、国連開発計画(UNDP)の内部で2011年から実施されているプロジェクトです。このラボの目的とは、市民のアイデアを集める多様なイノベーション・コミュニティを創出し、公的機関がそのアイデアに対応・支援するを創出することで、アルメニアの大きな社会的課題に取り組むことです。

市民や専門家・市民グループからアイディアを集めるために、ハッカソンやイノベーションキャンプを定期的に開催。良いアイディアに対してシード投資を行い、最低限実行可能な製品をリリースすることで、社会に対してより良いインパクトを与える可能性のあるプロジェクトを支援しています。

アイディアのインキュベーションプログラム #Inno4Dev

アルメニアの欧州連合と協業した#Inno4Devのプロジェクトでは、アルメニア初のオープンデータハッカソンや政府内で初めてのアイディアソンなど、市民中心のアイディアチャレンジを開催してきました。

このプロジェクトでは、アルメニアにおける市民参加とオープンガバメントの両面で新たなスキル構築を目的としています。

・市民のためのアイデアインキュベーション
・公務員のためのアイデアインキュベーション
・市民のエンゲージメントと対話

例えば、公務員のためのアイデアインキュベーションとして、政府と市民の関係性を強くするために、公務員からアイデアを集めるためのコンテストを実施しています。直近では、KOLBA LABが2つの政府省庁と一緒にコンペを行いました。上級公務員に対して、政府内部のビジネスプロセスを最適化し、市民との新たなつながりを生み出すためのアイデア提案を推奨しています。生み出されたアイデア一例としては、公共サービスの満足度を政策の意思決定者に伝える市民満足度ダッシュボードなどがあります。

おわりに

今回は発展途上国のイノベーション・デザインラボの役割や取り組んでいる課題やその役割について紹介しました。「経済大国と言われている日本と前提条件や環境が違うので、事例としてあまり参考にならないはないか?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。個人的な意見としては、市民のシティズンシップが醸成されていない・他の経済国と比べて経済が停滞しつつある・イノベーションの土壌があまり整っていないというようないくつかの点で、ヨーロッパの国々にあるラボとは別の観点で私達の状況を打破できるようなヒントとなるような要素も多くあるように感じました。

行政×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたら、本マガジンのフォローをお願いします。また、このような公共のサービスデザインやその取り組み、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたはWEBサイトのコンタクトページよりご連絡ください。

一般社団法人公共とデザイン
https://publicanddesign.studio/

Reference

https://www.eurasia.undp.org/content/dam/rbec/docs/undp-innovation-lab-report.pdf


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