住むを実験することで、社会との関係性が変化する
「自分を変えるにはまず環境を変えよ」と言葉もある通り、身の回りの環境とはわたしたち自身を変化させるのに十分な影響力を持っています。ここで示されている”環境”とは、周りの人間関係やそこでの常識などソフトな面ももちろんですが、物理的な外部環境を変えることが価値観の変化につながる、という意味合いも含まれています。
その中でも一日の中で多くの時間を過ごす住環境は、私たちにの生活に大きな影響を与えます。物理制約や空間によって、私たちの生活はゆるやかに型どられています。例えば、物理的な要因によって習慣や行動に落とし込まれることもあるでしょうし、基準や興味・関心といった感覚的なものの境界線がシフトしていくようなこともあります。
つまり、住まいや暮らし方は私たちの生活の「うつわ」となり、人の行動や価値観をゆるやかに変化させるポテンシャルを孕んでいます。
今回の記事では、暮らすことで社会に対する関係性や価値観が変わるような、実験的な暮らし方を提案する2つのプロジェクトを紹介。高齢者と若者の世代間ホームシェアを行うNesterly(米・ボストン)、一戸建ての住宅の裏庭にホームレスを住まわせるBLOCKプロジェクト(米・シアトル)を取り上げます。
高齢者と若者の世代間ホ―シェアリングNesterly | Boston
アメリカ・ボストンでは、高齢者人口の割合が急速に増加しています。一方で、AARPの調査によると、高齢者の住宅所有者の約90%が、自分たちの住み慣れた家に住み続けたいと考えています。実際に、ボストンのベビーブーマーの家には38,000室以上の空き部屋があると言われています。
しかし、高齢者の一人暮らしは、大きな家のメンテナンス・収入の減少、さらには社会的な孤立のような問題に直面してしまうことも少なくありません。
このプロジェクトは、ボストン市長室直下のイノベーションラボBoston New Urban Mechanicsが新しい住空間を考える「Housing Innovation lab 」とNesterly社が共同で行ったプロジェクトです。地価の上昇がすすむボストンで手頃な価格な家を必要とする若者と、自宅の余った部屋を手頃な価格で提供する高齢者をマッチングさせる試みをしています。
特徴的なのは、若者に有償で家の仕事を依頼することができることです。例えば、夕飯の買い物や犬の散歩、古いカーペットを剥がして新しいカーペットを敷いたりと、家に関する様々な用事をお願いすることができます。
若者は、依頼された家の仕事を1時間こなすごとに、事前に決められた金額が家賃から差し引かれるので、喜んで手伝うような仕組みになっています。
ホストPhoebusさんと、ゲストのhoebusさん (画像引用)
パイロットプロジェクトでは、地元の団体や学校と協力し、高齢者と大学院生をマッチングさせました。(ボストンでは賃貸が高めなため、研究で忙しい大学院生が最初のターゲットユーザーとしてぴったりです。)
募集を始めてからわずか3週間で、ホスト30人・ゲスト50人と80件以上の応募がありました。ホストに応募した約50%が独身女性、ほとんどの人が定年後の高齢者。ホストの高齢者たちは、自分ではすこし大変な家の用事、例えば犬の世話や買い物・料理の手伝いを必要としていました。
応募の中から、ボストンとその周辺で8件のマッチングが行われました。このマッチングは大成功し、すべての組でトラブルなくパイロットプロジェクトが完了しました。パイロットプロジェクトでのホームシェアの平均家賃は一ヶ月約700ドル。さらに、若者は家の用事を手伝うことで100〜150ドル分の家賃を減らすことができました。
ホストとして参加した高齢者の発言「(若者に対して)別の形で助けになっていると実感できるのがいい。一人で部屋を借りて家賃を払っていたら、彼は(金銭的に)博士課程が難しかったかもしれないが、今はそれを選ぶこともできる」
ホストの高齢者は家賃収入を手に入れるだけではなく、自分が社会(若者)に対して貢献している実感を得ることができます。ホームシェアリングは、一人暮らしの高齢者が、経済的な余裕と地域社会での新しいつながりを深めるための選択肢の1つであり、高齢者の生活の質や健康状態が向上する可能性があることが示されています。
パイロットプロジェクトの後、大学院生以外にゲストを拡大していくためにウェブ上にプラットフォームを開設。現在は、1000人以上の人が登録しています。対高齢者に向けては、プラットフォームに登録するのを支援したり、参加障壁となる理由を理解することで、活動を拡大することを目標としています。
現在公開されているNesterlyのサイト
「長年の愛着がある家から離れたくない、しかし子供を育てることを想定して作られた自宅は、子供が巣立った後の一人暮らしの老人には大きすぎる」「自分以外誰もいない家で誰とも交流せず、孤独死するのは恐い」という問題が日本でも往々にしてあるものです。特に賃料が高く若者も多い都市部などで見出すことのできる可能性の1つであるような事例だと思いました。
ホームレスを裏庭に住まわせる| BLOCK project
BLOCKプロジェクトは、一戸建ての住宅の裏庭に小さな住宅を建て、そこにホームレスを住まわせるという活動をしている非営利団体です。
賃金格差や生活費の高騰により、アメリカではホームレス問題が非常に深刻になっており、全米では約50万人以上の人々が家を失っています。
例えば、以前取り上げた貧困問題に向き合うNY市長室のNYC Oppotunityでも、ホームレスの問題に取り組んでいました。
シアトルの都市部には、一戸建ての住宅が多く、裏庭のスペースがあまり活用されていません。その一方で、シアトルはホームレス人口の最も多い地域の一つであり、市は多額の資金を投じて解決策を模索していますが、年々問題は悪化しています。
BLOCKプロジェクトは、「ホームレス問題を更に悪化させてるのは自分たち建設業界なのでないか?その建設業界にいる自分たちだからこそ、問題解決のために何か役割を果たすことができないだろうか?」という思いのもと、ARUPのシアトルオフィスに勤務する社員数名が支援をはじめました。
ARUPは、ロンドンに本社をおき約40カ国に展開する、総合的な建設エンジニアリング・コンサルティング企業です。建設や土木、都市計画におけるエンジニアリング・設計・計画・今サンルティングなどを行っています。
BLOCKプロジェクトでは一戸建ての裏庭に小さな家を設置することで、隔離されたホームレスコミュニティに属するのではなく、ホームレスが自立して社会復帰するための小さなきっかけとなるような近所付き合いを生み出すことを目的としています。
ホームレスの人々はシアトル市によって”保護”されていますが、市が用意するテント村やシェルターはフェンスやバリアの後ろにつくられ、社会的にも物理的にも隔離されています。障壁をとりはらうことで生まれる他者との付き合いホームレスが自立していくためのきっかけとなります。
またBLOCKプロジェクトによって引き起こされる「住民→ホームレスの関係性の変化」も特筆すべき点です。シアトルに住む住民の大半にとって、ホームレスの問題は自分ごとではありません。たとえ目の前にホームレスがいたとしても、自分とは関係ないフェンスの向こう側として無意識に線引をしてしまうでしょう。BLOCKプロジェクトでは、住民の裏庭にBLOCKの住人を配置することで、ホームレスに対する問題を「誰かが解決してくれる課題」から「地域の全員が取り組むべき課題」へと転換し、住民全員が責任を持てるような状況に変化させていきました。
さらに環境にとっても都市にとっても持続的な住宅を試みようとしているのもBLOCKプロジェクトのポイントです。
1軒の家を建てるために、約400万円の寄付金と自宅の裏庭を提供してくれる住人を集めるところからスタートします。BLOCKの家はARUPや他企業の持つ技術力や人材を駆使し、完全なオフグリットシステムを備えたデザイン、つまり太陽光で発電し雨水を循環させることが可能です。また、実質的に都市中心部のデットスペースとなってしまっている裏庭を本当に必要な人々に開放することで、都市エリアの無意味な拡大を助長しないような住宅のあり方も模索しています。
小さいながらもサステナブルで良い暮らし方が実現できる最先端の住宅にホームレスが住むこと、そこで近所の人々と繋がりが生まれること。ホームレス自身にとってもシェルターやテント村に暮らすことよりもずっと人間らしい生活が送れる安心感や自尊心がうまれ自立した生活を目指そうと思えるようきっかけとなるのでしょう。
終わりに
暮らし方や住み方が変わることで人との関係性や社会との関係性が変化する2つのプロジェクトを取り上げました。
2つのプロジェクトに共通するのは、アイデアを思いつくよりも自らが当事者となって実行することが難しいということです。「どちらの事例もいいプロジェクトだな」と感じた方は多いかと思いますが、慣れ親しんだ自分の家に他人が入り込んで生活を営むこと、自分や家の庭に別の誰かが暮らすことを自分ごと化して想像すると、この難しさを理解することができると思います。しかしながらその難しさゆえに、実験的で面白い未来の可能性を切り開いているプロジェクトとして昇華されているのではないでしょうか。
今回は以下の問いで終わろうかと思います。
・高齢者であるあなたが、一人暮らしで一軒家に住んでいるとします。その時に起こる困りごとはなんでしょうか?それはどうしたら解決できるものでしょうか?
・十分なスペースを持った一軒家を所有しているとして、あなたは裏庭に誰か知らない人を住まわせることができるでしょうか?また、それが難しいと感じた場合、どんな思いによって難しさを感じますか?
今回のように行政×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたら、本マガジンのフォローをお願いします。また、このようなコミュニティ活動の支援、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたはWEBサイトのコンタクトページよりご連絡ください。
一般社団法人公共とデザイン
https://publicanddesign.studio/
Reference
・CITY of BOSTON - INTERGENERATIONAL HOMESHARE
・Fast Company - The Airbnb For Affordable Housing Is Here
・Nesterly
・the block project
・ARUP - Yes in my backyard