同じ場所を共にする隣人と深く知り合う、「縦の旅行」へ
経済発展は生活の質や利便性を引き上げた一方で、少しずつ、しかし確実に、私たちの社会には分断がひろがっています。最近はエコーチェンバー現象やフィルターバブルといった言葉を聞く機会も多いと思いますが、普通に生活しているだけでは自分を取り巻く見えないバブルを認識することも、ましてはそこを抜け出すこともますます難しくなっている状況です。
そんな状況を打破するためには、異なる他者と出会い自らとの違いに驚くことが、自分のバブルに気がつき別のバブルへと己を拡張してくための1つのきっかけとなるでしょう。自分が簡単にリーチできる友人知人は同じバブル内に存在すると仮定した上で、浮かび上がってくる問いは、「自分と異なるバブルに属する他者とはどのように出会えるのか」というところでしょうか。
おおらかな空間を共にしている人たちと関係する
その答えの1つとして、”物理的に同じ場所を共有する人との出会い”や”隣人(Neighborhood)”への関係性を直すことが、COVID-19のパンデミックを経て改めて注目されています。最新号のWIRED日本版でもネイバーフッドが特集が組まれているほどです。(WIRED日本版 VOL.41, NEW NEIGHBORHOOD 都市の未来とネイバーフッド)
また、”同じ場所を共有する”と一言でまとめても、多様なあり方があります。たとえば、それぞれが好きなことをしながら各々の時間を過ごせる場所は、他者、そして自分への寛容さを許容するおおらかな空間として存在します。具体的な例として、河原を想像してみてください。犬の散歩をしている人、談笑している友人同士、ご飯を食べている家族、野球をしている少年たち。それぞれが河原という同じ場所を共有しながら、他者の行動を許容しているので、私が何をしてもよいという自由が生まれます。
しかしながら、おおらかな空間には自由がある一方で、同じ場所を共有しているだけで他者との新しい関係性が生まれたり、対話へとつながることが自然発生的に起こるかというところには少し疑問が残ります。
私は、同じアパートや半径100m以内に暮らしている他の住民のことを誰も知りませんし、一人でよく気分転換にいく河原では多くの人が各々の時間を過ごしていますが、そこで知らない人とおしゃべりしたりなにか一緒に行動したことはありません。多くの場合、特に日本においては、あなたも同じような状況であると思います。(もしかすると、私が顔見知りだからかもしれません)
同じ通りに住んでいる人がどういう人かをもっと深く知る縦の旅行が私たちには必要
少し前に小説家のカズオイシグロさんが、縦の旅行について言及している記事が話題となっていました。
俗に言うリベラルアーツ系、あるいはインテリ系の人々は、実はとても狭い世界の中で暮らしています。東京からパリ、ロサンゼルスなどを飛び回ってあたかも国際的に暮らしていると思いがちですが、実はどこへ行っても自分と似たような人たちとしか会っていないのです。
私は最近妻とよく、地域を超える「横の旅行」ではなく、同じ通りに住んでいる人がどういう人かをもっと深く知る「縦の旅行」が私たちには必要なのではないか、と話しています。自分の近くに住んでいる人でさえ、私とはまったく違う世界に住んでいることがあり、そういう人たちのことこそ知るべきなのです。
ー カズオ・イシグロ (下記記事より引用)
おおらかな空間があるだけでは、縦のレイヤー・クラスターの人々はほとんど交わりません。異なる他者とわたしの関係性を変化させるための一番基礎に位置づけられる必要条件ではありそうですが、十分条件ではないかもしれません。
1つの場所を共有している別の人々を、見えないもの・いない存在として暮らすのではなく、隣人を知り対話し向き合っていくこと、つまり「縦の旅行」を促していくことが、場所を起因とした新しい関係性を紡ぎあげ、未知との出会いや発見があなた自身を押し広げていくような機会となるのではないでしょうか。
少し前置きが長くなってしまいましたが、今回はそんな「縦の旅行」を楽しむ具体的な事例や、旅行ための機会を増やしていくような取り組みを紹介します。
年に一度、”みんな”で一緒にランチを食べる日 | The BIG LUNCHI
The BIG LUNCHは、1年に1日だけ、人々がそれぞれのコミュニティに集まって一緒に食事をしたらどうだろうか?というシンプルなアイデアからイギリスで生まれたプロジェクトです。毎年6月1週目の週末にイギリス各所で行われます。
隣人同士のこの集まりは、一緒にランチをすることで地域のつながりをつくり、語らい、みんなで楽し無事ができます。ランチを通じ、人々を”一緒に暮らす地域”とう共通点でつなぐことで、お互いにとって交友的で安全な地域を作り上げることを目的に開催されています。
大規模開催されているビッグランチ(
2009年に始まったこの取り組みは、2019年には600万人以上の人々を巻き込みながら50万回以上のランチ会が開催されるまでに成長しました。ちなみに、COVID-19の影響をうけ2020年のビッグランチはヴァーチャルを中心に、2021年にはバーチャルとリアルのハイブリットで行われました。
このビッグランチは、1つの主催団体がすべての会を運営しているのではなく、1つ1つの小さなランチ会が同じ日に開催される、という方式で成り立っています。それぞれの会は、取り組みに興味を持った個人が取り仕切っています。つまり、だれでもビッグランチを開催できるのです。
人数・時間・形式なども主催者が自由に設定することができるので、大小様々なランチが開催されており、ストリートパーティに発展している会や、ランチですら無く夜に開催されている会もあります。
今年開催されたビッグランチのひとつ。住宅地で簡易的なストリートパーティが行われている(youtubeより画像引用)
自分の近所でビッグランチを主催したい人は、主催団体のeden projectのサイトでメールアドレスを登録すると、ランチ会を開催するための簡単なツールキットを無料で手に入れることができます。
ツールキット:ビッグランチのガイド、ランチを計画するための簡単なテンプレート、ポスター、近所の人を招待するための招待状など (画像引用)
2019年に行われたビッグランチでは参加した600万人のうち、約80%の人が「自分の住んでいる地域にに対してよりフレンドリーになった」、約480万人の人が「ビッグランチのおかげで孤独を感じなくなった」「ビッグランチを通して地域に新しい友人ができた」と答えており、ポジティブな影響が生み出されていることがわかります。
また、オクスフォード大学は、ビッグランチの参加者から集めたデータをもとにした研究で「他の人と一緒に食事をする頻度が高いほど、自分の人生に幸福感や満足感を感じる傾向があること」を明らかにしました。この研究では、地域の人々と共同で食事をすることが幸福度を高め、地域への案族度や定着感が高まることが示唆されています。
一緒に食べるという小さなアクションから近隣住民のことを知り、そこから新しい関係性を気づきあげていく楽しいプロジェクトは、COVID-19によってご近所との重要性や関わりの見直すことが注目されてきた今、ますます発展していくのではないでしょうか。
「この土地は、あなたたちのモノ!」市が所有する土地を市民に開放する運動 | 596 Acre
The BIG LUNCHのように、イベント形式で行われる縦の旅行もありますが、日常に根ざすような活動もまた可能性を秘めています。
そんな中、地域の人が主体となって継続的に活動を行うにあたっては、恒常的に人が行き来したりコミュニケーションを取るために地域の人が立ち寄れるようなハブとなる場所が重要な役割を担います。
596 Acreは、市や国が所有している使われていない空き地を住民のために開放することで、市民参加の中心となるようなコミュニティスペースへと変化させることを目的にしているプロジェクトです。
photo by MURRAY COX(画像引用)
NYはブルックリンの有色人種や低所得層が住む地域を中心に存在する1000以上の公有の空き地は、フェンスで囲まれ至るところにゴミが捨てられていました。団体創始者ポーラ・Z・シーガルは、公的な空き地の場所が記載されたリストを入手し、空き地をマッピングした地図を作成して配布し、これが596Acreの始まりとなりました。
彼らは、公有の空き地のフェンスに、英語とスペイン語で「この土地はあなたたち(市民)のモノ!」と記載した看板を設置しました。その看板には、市のどの機関がその土地を管理しているのか・電話番号を含む、管理機関の情報・市の区画識別番号、また596acersへ自治体へ説得する支援を依頼する連絡先なども記されていました。
「この土地はあなたのもの!」と書かれたポスター( 画像引用 )
596Acerへの連絡先など複数のポスターが貼られている( 画像引用 )
photo by MURRAY COX
この看板を見た住民たちから、596acersへの支援要請問い合わせは殺到。ニューヨーカーたちは、公的な空き地は自分たちの土地であることを改めて認識し、その土地を使うための方法があると知ることで、土地を使う権利を求め始めました。
住民たちは空き地を緑地へと転換しコミュニティのための場所に転換するなど、暮らしている自分たちが何のために公有地を使うのか?を議論しながら、自治体に対して596 Acersの支援を受けながら交渉を続けました。
photo by MURRAY COX(画像引用)
結果、ニューヨークでは39の空き地がコミュニティスペースへ生まれ変わりました。そしてそのほとんどが、地域や市全体のコミュニティにとって非常に価値のある場所となりました。コミュニティは、近隣住民によって自律的に管理され、人々が集まり、食べ物を育てたり、遊んだりするような行きた場所に生まれ変わって維持されています。
596 Acersのスタッフの立ち位置は、住民がスペースを利用できるようにあくまでお手伝いするだけ。市役所と行う煩わしい(公的な)やり取り・交渉をサポート、キャンペーンを行うためのツールを提供、コミュニティを組織化していくためのノウハウの伝授などを行っています。
このため、運動のリーダーは空き地近隣の住民が担うことで、プロジェクトのプロセス自体を通じて住民たちの自律性も育まれていくような仕組みになっています。
596 Acarsは近隣住民が集うための場所を作るところからコミュニティづくりが始まり、できた場所でより深く関係性を育んでいく面白い事例だと思いました。このような場所を拠点として、何かをみんなで一緒に楽しむことが「縦の旅行」への第一歩となるのでしょう。
おわりに
今回は近隣の人たちとみんなで一緒に食事を楽しむThe BIG LUNCH, 近隣の人たちとみんなで使う公的な空き地を手に入れるための支援をする596 Acersを紹介しました。
カズオ・イシグロさんの言うところの「横の旅行」は必ずしも海を渡るだけではありません。自分にとっての新たなチャレンジをした・新天地に飛び込んだと思っても、自分のバブルの中から出られていないことも往々にしてあります。
地縁という共通項をもとに、あなたの隣人と関係性を築いていくことは、自分のバブルの外に意識的に踏み出すきっかけとなります。見知らぬ他者と出会うことが、まだ見ぬあなた自身の可能性を切り開いていくことにつながるのではないでしょうか。
今回の記事は以下2つの問で終わろうかと思います。
・あなたは、自分の住んでいる・働いている場所で、近所の人達と何かをしたことがありますか?
・近所のあまり良く知らない人たちと何か楽しむのであれば、どんなことであれば楽しめそうでしょうか?
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一般社団法人公共とデザイン
https://publicanddesign.studio/
Reference
kitchhike, 【世界の民食】930万人の大昼食会「ビッグランチ」がイギリスを救う?
University of Oxford, Social eating connects communities