【065】コーチングは本当に役に立つのか? - 101人の経営者のリアルな利用実態から見える真価
先日、GCSコーチングワールドツアー2024という、銀座コーチングスクールが主催するコーチングに関する学びを深める大規模なセミナーイベントが開催されました。本記事はその際に登壇させていただいたコンテンツの講演内容の一部をまとめたものですが、コーチ業を営む方や目指している方、あるいは経営者の方にもご参考になるかと思いますので、よろしければご覧ください。
経営者には、答えを教えてくれる先生よりもコーチが必要ではないかという仮説
普段はスタートアップ企業の非常勤CHROの仕事を本業にしていますが、複業で管理職のキャリア・メンターとエグゼクティブ・コーチの仕事もしています。
複業とはいえ、コーチングは想いをもってやっている仕事です。
本業で多くの経営者に伴走させていただきながら、経営者には外部の壁打ち相手がいた方がよいと実感しているからです。
経営者は通常;
・毎日ありえないプレッシャーを抱えている
・社内では相談できない悩みや課題がある
・社員に悩んでいる姿を見せられない局面がある
・フィードバックを受ける機会がない
・立場的に相談相手を見つけにくい
これまでは経営者の相談相手といえば、経営コンサルや顧問の弁護士や会計士がその役割を果たしていましたが、状況は変わりました。
経営コンサルタントは過去の成功事例をパターン化して成功確率を高めることでその価値を発揮します。弁護士や会計士は、過去の判例や事例からの逸脱を防ぐことがミッションです。いずれも過去のデータや経験に基づいた正解を与えてくれる相談相手です。
過去のデータや経験が価値となっていた時代には、上記のような方々から正解を教えてもらうことが、事業の成功確率を高めてきました。過去の成功パターンをなぞることが成功への近道だからです。
そして今、VUCAの時代とも言われる不確実な時代を迎えました。
変化が早いので、過去の成功パターンをなぞることが優位性にはならなくなっています。
特にスタートアップ企業においては革新的な事業を創出することがミッションなので、過去を参照しても役に立たないだけでなく、現在からの積み上げ・改善でも十分ではなくなりつつあります。経営者の信念や直感に基づいて未来を描き、バックキャスティングする力、それを正解にしていく力が必要となります。
この要望を満たしてくれるのが、経営者の思考を整理して言語化したり、ゴールを描くサポートをしたり、背中をおしてくれる役割を果たすコーチなのではと思います。そんな背景と個人的な想いから、複業コーチを務めています。
USでは経営者がコーチをつけることが一般化している
ところで、コーチングが発展しているUSでは、GAFAMの創業者やCEOがエグゼクティブコーチをつけることは一般的であると言われています。
”一兆ドルコーチ(※1)”と言われるビル・キャンベルはシリコンバレーのテックカンパニーの錚々たる経営者達にコーチとして慕われていました。
”コーチングの神様”と呼ばれたマーシャル・ゴールドスミスもまた、GEやグーグル、ゴールドマンサックスなどの名経営者たちにコーチとして仕え、1セッション25万ドル超ともいわれたレジェンドです。ちなみに彼のコーチングは、360度フィードバックを中心に据えた特徴のあるコーチングだったそうです。(その内容も興味深いので詳細は文末に記載の参考書籍をお読みください)
このように、USのコーチング事情はネット上にも溢れている一方で、日本の経営者のコーチングの利用状況について語られることはあまりありません。そこで、日本の経営者がコーチングの必要性についてどのように捉えているのか知りたいと考えました。
ということで今回は、経営者のコーチング利用の現状を把握したいと思い、以下の概要でアンケートを実施することにいたしました。
今回のアンケート概要と経営者の属性
調査概要は以下のとおりで、個人的にお世話になった経営者の皆さんにお願いをして101名の経営者からご協力をいただくことができました。
一般的に経営者というと、役員を含むことがありますが、今回は、代表取締役(=代表)のポジションにある人にのみご回答いただきました。
ご協力いただきました経営者の皆様には、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございます!
わたしが懇意にしていただいている経営者は、主にスタートアップやメガベンチャーの代表の方になるので、年齢は30~40代が8割となりました。
従業員数は101人〜300人のゾーンが最多で、スタートアップとしては50人の壁や100人の壁をサバイブしてこられた経営者の方が多いようです。
経営者歴については5年以上の方が9割を占めました。10年以上の経営者が過半数となり、経営者としてはある程度の経験を積んだ方が多いようです。
経営者の6割は現在または過去にコーチングを受けた経験がある
さて、ここからがアンケート本番です。
まず、経営者にコーチングの経験について尋ねました。
「現在も定期的にコーチングを受けている」「過去に定期的にコーチングを受けたことがある」を合算すると45%となりました。経営者の二人に一人が定期的なコーチング経験がありました。
単発のコーチングも含めると、101人中64名がコーチングの経験があるという結果になりました。
経営者にとってコーチングはとても身近なものであることがわかります。
従業員数が多くなるほど、経営者のコーチング利用率は高くなる?
次に、コーチングの経験を従業員数とクロス集計してみました。分母が101名と少ないため、このデータを一般化することは乱暴かもしれませんが、経営する企業の従業員数が多いほど、現在も定期的コーチングを受けている比率が高いという傾向が見て取れました。
このデータだけでは因果関係はわかりませんが、「従業員数が多くなるほど経営難易度が高まるので定期的なコーチングの必要性が高いのである」と解釈することもできますし、「定期的にコーチングを受けていたから、企業の規模が大きくなった」と解釈することも可能です。あくまで推察に過ぎませんが、エグゼクティブ・コーチングが会社の事業拡大に貢献している可能性も否定できません。
経営者がコーチに求める資質は、経営者経験よりもパーソナルスキル
次に、経営者がコーチに求める資質を回答(複数選択)してもらいました。
全体の約8割弱の経営者が「人として信頼できること」と回答しました。
経営者ならではの課題や悩みの壁打ち相手として、経営者経験をコーチに求める経営者は多いのではと予測していたのですが、複数回答でも全体の4割というのは、想定よりも低いなというのが個人的な感想です。
定期的に腹を割って話をするコーチに対して、人として信頼できることや、人としての魅力が、経営者経験や業界経験、コーチとしての実績や技術よりも勝るということが、明確になりました。
経営者がコーチに相談したいテーマのうち最多は「自身のアイデンティティに関する課題」
次に、コーチに相談したいテーマを複数回答で尋ねました。
最も票数が多かったのは、「経営者の在り方やふるまいなどの、自身のアイデンティティに関する課題」で 58%が選択しています。次点は組織の課題、そして経営や事業課題へと続きます。
経営者のアイデンティティに関する課題については、私自身がよく相談されることなので想定通りでした。
以前に比べると起業が当たり前になり、経営者像も多様性が増しました。従業員にとっての会社・経営者の捉え方も多様化しています。さらに、急成長するスタートアップでは、経営者と従業員の関係性もステージが上がるにつれて変化していくことが当たり前です。例えば、この前までは従業員と気軽に飲みに行ける関係性だったのが、急に距離感を感じるようになったり…。成長スピードが早いほど、関係性の変化も早くなります。そういう背景から、経営者の在り方がトップに来るのは当然のように感じます。
経営者が1セッションあたり払える金額の中央値は1~3万円
次に、経営者がコーチングに対して支払う対価=1セッションあたりに払える金額を尋ねました。
結果、101人の中央値は1〜3万円の価格帯でした。日本におけるコーチング相場についてはネットで調べると諸説ありますが、1〜3万円は一般的なコーチングの相場感よりも高いという印象です。しかも5万円以上の回答も22%でした。
現在コーチングを受けている経営者に限定すると1セッションあたり5万円以上が過半数
さらに、実際にコーチングを受けている人だけを抜き出して価格帯を分解してみました(分母が17名ですので、統計値というよりは参考値ですが)。
その結果、中央値は5〜10万円帯で、過半数は5万円以上という結果になりました。当然の結果ではありますが、継続利用している人にとってはコーチングがそれなりの対価を払うべき満足度であることがわかります。
ちなみに、USにおけるエグゼクティブコーチの平均時給は、200ドル〜500ドル(約3〜7万円/1ドル145円換算)だそうです。そうだとすれば、エグゼクティブコーチの報酬の日米差はないように見えます。
今後コーチングを受けることにポジティブな経営者は8割
最後に、今後のコーチング利用意向を(現在利用中の人も含めて)尋ねました。
結果として、機会があれば受けてみたいというゆるめの意向も含めると全体の8割がポジティブ意向。そのうち、現在利用中または、ぜひ受けたいという強い要望をあわせると全体の3割でした。多いと見るか少ないと見るかは人により異なると思いますが、顕在化しているニーズだけで8割あるというのは、個人的にには想像していたよりも多いという感想を持ちました。
いただいたフリーコメントを読むと、”課題がある局面で定期的なコーチングを受けており、新たな課題に直面した時に再開する”と考える経営者も多いようなので、機会があれば受けたいと回答した経営者が多いのでしょう。
IT市場を牽引するようなビッグテック企業を生み出しつづけるUSでは、経営者がコーチをつけることが一般的です。日本でも経営者がコーチというリソースを活用することがもっと一般的になれば、GAFAMに匹敵するような企業が生まれる確率を高められるのかもしれません。
コーチとしては初心者で未熟者の自分も、いずれはそのような形で経済の底上げに貢献したいと、改めて思えるアンケートでした。
頼れる相談先は経営者に限らず、すべての人にとって必要
最後は、個人的なコーチング体験について共有させていただいて、記事を締めたいと思います。
実は、自分自身が専属のコーチに相談するようになったのは、つい最近からです。コーチと対話してみて初めて実感したのは、
「自分、こういう相談を今まで誰にもしたことがなかったな」
ということでした。コーチがいなければ誰にも相談することなく飲み込んでいたはずでした。
そしてもう一つ、コーチングを受けて気づいたのが"思考の癖"です。コーチに指摘されたのは、課題を解決しようとする時に、物事を”対立構造”で捉えやすいという傾向でした。そう言われてみると過去に思い当たるフシがいくつかあり、その癖を持ち続けて50年以上生きてきたのかと思わず唸ってしまいました。思考を吐き出すさまを客観的に観察してくれるコーチだからこその指摘であり、コーチングを受けていなければ、この思考の癖には一生気づかずにいたでしょう。
このように、コーチング受益者としての経験からも、困った時に相談できる相手は、経営者のみならずすべての人にとって有益なものだと考えています。それゆえに、日々大きな責任や課題を抱える経営者にとってはどれだけ必要だろうかと推測するのです。
以上が、”データがなければ自分で聞こう”と、自主的に実施した経営者のコーチングの利用状況の共有でした。個人的には「思っていた以上に経営者にとってコーチングは普及しているのだな」という感想を持ちましたが、みなさんにとってはいかがだったでしょうか?
この記事が少しでも誰かの気づきや今後のヒントになれば幸いに思います。ご意見や感想があればコメントでお寄せください。