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ホス狂い

ホス狂いと言う言葉を知っているだろうか。

ホストクラブのホストの男性に入れあげて、お金を注ぎ込む「ホストに狂った女」の略語である。

たまたまYouTubeのトップ画面に出てきてから、それ関連の動画を見始めて、ホストとホス狂いの女の人たちのテンポの良い会話から、続けて色んな動画を見ていた。

私には理解しがたい世界がそこにはあった。
動画に出てくるいわゆる「ホス狂い」たちは、まだ二十歳前後の女の子たちで、その多くは風俗店などの性ビジネスで働きながら、身を粉にして何百万円ものお金をホストに「貢いで」いるのだ。

シャンパンのボトル一本が何十万もする世界。
初めは気軽にその扉を開いて足を踏み入れ(初めて行く場合は数千円で行ける)、いつしかハマってその世界の独特なルールに魅了され飲み込まれ、容姿の良い異性と戯れるその世界は、若い彼女たちにはとても煌びやかで輝いて見え、昼間のOLのお給料では楽しむには事足りず、暗に勧められたり、自分で決意しながら、決意というにはあまりにも安易に、性風俗の世界に足を踏み入れ、自分を売りながら得た大金を彼氏でもない男性に貢ぐ、そういう女の子がたくさん出ていた。

中には自分に自信のない彼女たちを、暴力や嘘で依存させ、離れられないように支配し、お金を使い続けるしかない状態にさせるホストもいるという。

ホストクラブはそもそもお客さんをホストする仕事で、お酒を飲みながら接待をするサービス業だったはずが、今はだいぶその元来の意味から外れ、独自のビジネスを確立させているようだ。
大金を稼いで、豪華な暮らし、高級な服飾品を着飾り、ドリームを叶えていく若い男性の姿は、私が若い頃からしょっちゅうテレビ等メディアでも取り上げられていた。
20年くらい前のホストは今とは営業の仕方も、お金の稼ぎ方も少し違ったのかもしれない。

私は行ったこともないし、ホストの知り合いもいないので無知だけれど、令和のホストは、整形してお化粧して、スーツなんて着ないでパーカーで接客するという。何もかも進化している。進化しているのはそれだけ、市場に需要があるからだろう。

そして今や営業スタイルも過激になっているのではないか。
歌舞伎町のビルから飛び降りる子や、女の子に刺されるホストはもうデフォルトになって、もう誰もその界隈の人間は驚かない。
二十歳の女の子が、一日に百万円落とす(使う)ことも、ざらでもう誰にとっても特別なことではない。その世界の界隈にいる人は麻痺してしまっている。
飛び降りる子も刺す子も、いろんな理由はあれど、その多くは嫉妬、自分だけを好きだと思っていたのに(言っていたのに)他の女と…そういった「痴情の」もつれが理由にあるという。

別世界だと思った。完全に独立したルール、価値観、美的価値観、正義、金銭感覚を持って、あっという間にそこに入り込んだ人間を飲み込む世界。

行き場のない、寂しい女の子たちにはあまりにも綺麗でキラキラしていて、ハマるにはそう時間は必要ない。誰にも褒められず生きてきて、自分を褒める方法すら知らないうら若き女子にとってそこは、いつでも「可愛い」と寄り添って話を聞いてくれ、シャンパンを開ければありがとうと感謝され、生きている意味を教えてくれる場なのだから。
そうして気づいた時には、可愛いとたててくれていた男性に、またはその場に依存し、主導権を握っているつもりでいたのに、あっという間に麻薬のように、それがないとダメになってしまう。

こんな動画を見ました。

歌舞伎町の大久保公園には「立ちんぼ」がいて、夜も更けると多くの男性たちが欲望を満たす為、その立ちんぼの女性らに群がると。

インタビューされている女の子は二十歳そこそこの女性。

日本にも道に立って売春をするということが存在するとは思っていたけど、こんなに若い子達だとは思わなかったし、その理由はホストにハマって、だと言っている。

お気に入りの男性にお金を使う為、男性のいる店でお酒を飲む為に、道端に立って一、二万で体を売る二十歳の女の子がいるのだ。

動画を見て、悲しくて涙が出た。

東南アジアやそれ以外の国でも、もちろん売春はあって、親に売られたり無理やりさせられている場合が多いと本で読んで、大きな衝撃と共に居た堪れない心が縮むような気持ちになったけれど、
歌舞伎町の彼女たちは、自分の意思で立っている。彼氏でもない男性に会うために、寒い夜でも道に立つ。いや、それが本当にそれは彼女たちの本意なのだろうか。惚れてる男に会いたいから、頼まれて断れないから、他に選択肢が思い浮かばないから、仕方ないから、他に私には何もないから…
それを自身の意思と言えるのか。

そもそもがホストクラブは「娯楽」である。
金銭的に余裕のある女性が、非日常の世界にほんのひととき遊びに行って、そこで普段味わえないような感覚を体験する場である(はずである)。
ホストはそのサービスの対価として金銭を得るのだから、その相手は多い方がいい。それが根源にある定義なのに、今はそのサービスと現実世界が完全に混合してしまっている。だから本気になったり、相手(サービスを提供する側)主導になったり、身を売るまで自分を下げて尽くしてしまう女の子たちがこんなにいるのだ。

似たようなサービスで比べると、キャバクラには、そこまでする男性客は圧倒的に少ない。女性に比べて男性の方が依存しにくいという性質もあるのかもしれないが、家を失っても何百万もキャバクラ嬢に貢ぐ男性の話はめったに聞かない。
今やホストクラブは、純粋にサービス業といえるのかも疑問である。
搾取、洗脳、詐欺、暴力、売春斡旋が横行していて、お客さんはハマったが最後、心の髄まで搾り取られるのだ。

私はメキシコに住んでいるので、よくメキシコ人から日本は天国だと言われる。
多くの人が安全で綺麗な日本に住みたいと思っている。
でも日本にはこんな裏側もあるのだ。
アジアの売春とはまた違う、金銭的豊かさの中の心の貧しさ。女の子は買う男性にも貢ぐ相手にも、心も体もお金も搾取されて、家もなく夜の街を彷徨っている。居場所が欲しいのだ。認められる場所が欲しい。
そんな悲しいことがあるのか。
家やまともな仕事なく、親や社会も誰も、彼女に目もくれない。目をやるのは彼女の体やお金にであって、心にではない。

そんなホス狂いがどれだけあの街にいるのだろうか。