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白亜荘と夕陽が教えてくれたこと

先日「白亜荘と小楽器と」という素敵な音楽会に夫と出かけた。

白亜荘は100年以上も前、
教会の寄宿舎として建てられた、洋館のアパートメント。

そちらで可愛い小楽器が展示してあり、
実際に手に取り奏でる機会もいただけた。

そしてなんと言っても、
白亜荘を素晴らしい音色で包んでくださった
平井真美子さんの演奏。
泣けちゃうほど、素敵な時間であった。

演奏の会場は白亜荘の廊下。
100年という物語の中で、
この廊下を行き交う人々はどんな挨拶を交わしたのだろう。
喜び、悲しみ、祈り…そんな気持ちを携えて
ここを訪れたのではないだろうか。

真美子さんの演奏は、
そんな人々の暮らしを音楽で寄りそい、
白亜荘での人間の営みが表現されたかのような
優しく穏やかな時間となった。


そしてその日、
わたしたち夫婦は結婚して10年を迎える日でもあった。

目を閉じて、
夫との10年を音楽に重ねながら音楽に耳を傾けた。

きっとわたしたち以外のゲストの方々も
それぞれの日々や想いを
音楽と重ね合わせ、
音楽が心に馴染んでいく…
という時間を過ごされたのではないだろうか。

そんな中でわたしは、
ゲストに配られた、あるペーパーの存在を思い出した。
そのペーパーは白亜荘のスケッチ用で、五線譜も書かれていた。

今の言葉を残しておこう…
演奏を聴きながら
その時に出てきた言葉をペーパーに置いてみた。
後から読み返すと乱文ではあったが、
その時を思い出せる
その時のspecialとなった。

最後の一文は
「人はみんな音楽に励まされて暮らしている」
と書いていた。

幸せを体感している
その時に
その場所で
出てきた言葉を
真美子さんの演奏と共に残す。
胸が高鳴るとはこういうことだ……
今までに味わったことのない、心の感覚であった。

ゲストに配られたスケッチ。




そして夕陽が沈むころ、
素晴らしい時間が終わりを迎えた。

それは旅が終わった時に感じる一抹の寂しさにとても似ていた。
そんなさみしさを感じながら、夫の穏やかな表情と共に白亜荘を後にした。

そしてわたしは、旅の終わりでよく口にする
「現実に戻る…」
と言う言葉を口にしようとしたその時だった。

美しい夕陽が、
白亜荘から出てくるわたしたちを待っていてくれたのだ。
夫とその美しさに息を呑む。

夕陽はわたしにとって、
空の住人である父と対話する時間でもある。

父は
白亜荘で体感した喜び
気持ちと対話した時間
白亜荘で感じた光は
これからの暮らしにちゃんと繋がっていくものなのだよ…

と、
まるで夕陽の光と白亜荘の光を重ねるかのように、
伝えてきたように思えた。

その場の出来事は、その場だけのものではない。

白亜荘から出た後も、
心を動かす夕陽を目にし、
白亜荘での光と、夕陽が照らす光は別物ではないんだよ…と、
そんなことを
父からのメッセージとして
受けとるわたしがいた。

横に居る夫は、わたしの父の名前を呟いた
「いさおちゃんありがとう」と。
きっと夫も白亜荘でのひと時に感謝する時間だったのだと思う。


私は旅を終えると、
「現実に戻る」と言う言葉を口にしてきた。
でも、その感覚はなんとも勿体無い言葉であったのだと、
この経験で思い知ることになった。

美しい経験は
あらゆる場面で、わたしの暮らしに光を灯してくれることを
わたしは知ったのだ。

だから、
「現実に戻る」
その言葉は10年目の記念日で封印することにした。

旅は暮らしに続いていく。
美しい経験はわたしの暮らしに光を灯してくれる。

2024年5月18日。
白亜荘と夕陽が教えてくれたこと。


2024.5.18の夕陽 @白亜荘

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