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before.010

(before.009→) 加藤トモコ、29歳 食品メーカー、商品開発 そのとき私は30歳を目前に控えていた。 新卒で入社したアパレルに7年間勤め、食品メーカーへ転職した年でもあった。 前職のアパレルでは、入社当初、倉庫勤務で嘆いていた私だったが、その2年後なんの罰が当たったのか、店舗へ移動になったのだ。周りの同期は変わらず倉庫残留なのに、どうして私だけ!?とあのときは毎日悔し涙を流した。辞めてやる!と帰りの電車で毎日転職サイトをのぞいた。 だが、動物は適応していく生

    • before.009

      (before.002[003]→) その日は、仕事終わりに待ち合わせた。六本木にある焼き鳥屋。 「いらっしゃいませー」扉を引くと声が流れた。20席ほどの店内は薄暗いが、すぐにカウンターに座る彼の背中をみつけた。 あ、新しいシャツだ。物に執着のない彼の持ち物はだいたい把握していた。執着はないが、無頓着でもない。無駄のない身体に合わせられたシンプルなシャツ。服にこだわりはなさそうだったが、いつも同じお店で買っていた。「ラクだから」と。 彼の着ている服はいつも柔らかい。彼の

      • before.008

        「サンタさんって、ほんとにいるの?」 5才になったばかりの息子から不意に聞かれた。 「いるよ」と笑顔で優しいウソがつける母親ではなかった。だけど「いない」とも言えない。 「いると思ったらいるし、いないと思ったらいないんじゃないかなぁ」と当たり障りのない答えを返した。 その晩、夫に話したら「あはは、君らしいね」と笑ってくれた。「僕は兄がいたからなぁ、その年のころにはもういないと思っていたなぁ」といないことが当たり前であるかのように言った。 私は、実は中学生になるまでサンタは

        • before.007

          (before.006→) 「箱庭」 【小さな、あまり深くない箱の中に、小さな木や人形のほか、橋や船などの景観を構成する様々な要素のミニチュアを配して、庭園や名勝など絵画的な光景を模擬的に造り、楽しむものである】 女の子がひとりで人形遊びをしている。 人形の家がある。リビング、キッチン、ダイニング、ベッドルーム、お風呂やトイレもある。テーブル、イス、ベッドなどの家具も揃っており、皿、クロワッサン、本、石けんまである。 その家で暮らしているのは、5人家族のようだ。お父さんに

          before.006

          私の名前はルイス 年齢は58歳 アメリカ人で、スパニッシュ系ユダヤの血が入っている。 「人間」という生き物に興味をもった私は、人間学について学んだ。学んだといっても独学だが、気になった本は片っ端から手にとった。二十数年にわたり、一万冊以上の本を読んで分かった真髄がある。それを今ここであなたにお伝えしたい。 人間を理解することはとても重要だ。私たちはことさら人間以外のことはたくさん理解している。なのに人間という生き物にはなかなか目が向かない。 先に白状しておくと、周りの友人

          before.006

          before.005

          私、田中ヤスコは比較が好きではない。 ・身長167cmの私は、日本にいると「身長が高い女性」となるが、欧州へ行けば「平均身長の女性」となる。 ・偏差値60の子が、偏差値50の学校にいれば「頭がいい」と言われるだろうし、偏差値70の学校では「普通」ならまだ良いかもしれないが「頭が悪い」とレッテルを貼られる可能性だってある。 ・収入が「平均年収」の人でも、ベトナムへ行けば「高収入」と言われるだろう。ベトナム人からすれば、日本人は10倍もの年収になる。 ただ、ベトナム人と比

          before.005

          before.004

          「寒っ、、」羽織って間もないカーディガンの襟元をたぐり寄せる。まだ外は暗い。コップ1杯の水を眠っている食道に流し込む。 卵を2つ取り出す。砂糖を2杯入れる。3回巻く。そこまで終えると、眠っている間に落ちた埃やら塵やらをかき集める。 「てんびん座、5位だって!」と、声が飛んでくる。朝から占い師にランク付けされる我が家の日課だ。娘は楽しいらしい。必ずこの星座占いの時間までには起きてくるからだ。 卵焼きの余りを口に放り込むと、娘の朝食は終わりだ。それでいいらしい。果物だけでも食

          before.004

          before.003

          (before.002→) 加藤トモコ、23歳 アパレル勤務、商品管理 すっかり私は「社会で働く人」になっていた。あっという間に、学生感はなくなった。動物の適応力には感心する。 職場環境はよかった。髪色や服装は自由だったし、ラフな人が多かった。やや個性的な重鎮のおばちゃんはいたが、私はターゲットにされなかったし、むしろ可愛がられていた。 駅から徒歩15分という距離は、雨の日や真夏はこたえた。それでも季節の変わり目に少しだけ出てきてくれる優しい太陽や、キンモクセイの匂い、

          before.003

          before.002

          加藤トモコ、39歳 化粧品会社勤務、企画広報 部下からも慕われ、上司とも良好な関係を保てている。仕事も楽しいし、給料にも満足している。 とびきり美人というわけではないが、美容院とネイルは毎月かかさず予約を入れ、VIO含め全身脱毛のゴールまであと少しだ。数年前からはボトックスの力も借りてみたり、パーソナルジムに週1で通いながら、重力に抗っている。 料理は昔から苦手だ。ただ年齢と共に気づいてしまったのだ。高級料理は一口目に「おいし〜〜!!」とアドレナリンがでる。それに反し、近

          before.002

          before.001

          2021年7月私は離婚した。 理由はありふれたものだった。 私は「結婚」という偶像に夢をみていたし、「結婚」が達成されると、相手は「夫」という名前を付けられた、私の一部になっていった。 離婚の原因の大部分はそこにあるのだろう。 「夫妻」はセットではないし、本来彼は「夫」でもなく、私は「妻」でもない。 昔どこかの誰かが、わかりやすいように名付けた、ただの名称である。 私はまんまとその名称に嵌まってしまっていたのだ。 離婚を決めてからは、人生の神様が応援してくれているかのよう

          before.001