見出し画像

KAAT神奈川芸術劇場『虹む街』の感想メモ

2021年6月18日にKAAT中スタジオで観た、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『虹む街』の感想メモ。

虹む街150% up

KAAT中スタジオは久しぶり、時節柄、検温消毒をしてエスカレーターを3Fに上がり、自分でチケットをもぎって場内へ。
中へと進むとグワングワンと低い音が間断なく聞こえ、やがて中央でそれぞれにピンクとブルーのタオルを乾かし続ける2台の乾燥機が目に入る。暫くその動きに目を奪われ、やがて舞台のあちこちにも目がいくようになり、や建て込まれた街の風景のスケールと細微までの作り込みに圧倒される。この美術、凄い。薄汚れた感じのコインランドリー、大きな机といくつかの椅子、自動販売機。コインランドリーの上手側には2軒の小さな店舗があって、そのひとつは中華料理屋だとわかる。下手側には鉄階段が設えられて、看板から察するに2階にも数店舗ほどがあるらしい。階段脇にはトイレ、更に下手に喫茶店兼スナックがあって、その隣にはたばこ屋。
気がつけば乾燥機や洗濯機の脇に佇む人影がある。下手の店には車椅子に腰掛け外を眺める人の気配が現れる。自然にその風景に揺蕩う時間に置き換わる。下手のはずれに看板持ちの姿。開演の合図もなく、でも、きっといつもと同じようにその場に時間が流れ始める。

虹む街 ルビーUP

虹む街5トイレUP2

舞台には違和感なく違和感が訪れ、それが素知らぬ顔で場に馴染み解けていく。最初に具体的に感じた違和感は乾燥が終わった時に機械から流れてくるアナウンス、回っていた物が何かを含めて乾燥作業の終了を伝えるのにちょっとびっくり。ちなみにこの乾燥機は雄弁で、その後故障も訴えるしそれが間違いであったと謝ったりもする。少しずつともり始めるネオンや看板の表記もどこか不思議で、日本語とローマ字が節操なく混在しているのに目が止まる。「COIN ランDリー」とか、「喫茶スナック Ruビー」とか酒類の自販機には「Aサhi」とか。中には中国語やアジア系の言語が混在しているものもある。でも、いくつかの言語がためらいなく自然にコインランドリーに満ちる中では、そんなありさまがとても似合ったものに感じられる。人形を抱え車椅子に座り窓から外を眺める女性とその店を仕切りさりげなくその場の日々を回しているような喫茶店兼スナックの年嵩の女性。中華料理店の親子、その娘は日本語を話せないようだけれど、コインランドリーには自分の家の近所の公園のように馴染んでいる。中東の雰囲気を持った男の二人連れはマットレスを無理矢理洗濯機にねじ込もうとしたりもしたり、コインランドリーの中でポーカーを教え合ったりも互いに愛し合っている時間もありながら普通にコインランドリーの隣に店を構えているし、煙草屋のちょっと癖がありそうな親父もその場所に訪れる。二階のフィリピンパブに出勤してくる女性達も従業員も、やがて姿を現すそこの店長と知れる男も、冒頭からで粛々とピンクと青のタオルをたたみ続けている男も、そしてなにより、鍵束を下げ、機械からコインを回収してコインランドリーにやってくる足の悪い女性も、誰もがそれぞれの毎日のなかにコインランドリーとその回りの空気を編み入れる。

虹む街2ASAHI UP

人々は時になんとなく顔なじみなのだろうし、過去に因縁もあるのかもしれないけれど、それだけには縛られず捉えきれない次元を跨いだルーズな距離感もそこにはあって、それぞれの知らない過去も、事情も、自然と生まれた印象も自然に絡まり合ってそこにある感じがする。それは、観る側に、よくはわからないけれど肌や臭覚で感じる様々な温度となって伝わってくる。
コインランドリーの棚に置かれた「誰かの/SOMEONE‘S」と名前がついた箱が素敵に曲者で、本来はコインランドリーでの忘れ物を入れておくものなのだろうけれど、雨が降り出すとスナックの女性ふたりがその中から雨合羽を見つけ出して看板持ちの男へと持って行ったりもする。さらには想像もできないもの、何故か鯉のぼりなどまでが詰め込まれていて唖然とするのだけれど、それらが次第にコインランドリーに交わった様々な時間の記憶の欠片のようにも名残りのようにも見えてくる。ドレスが出てきて喫茶店の女達はそれを纏い男にも西瓜を与えそれを着せるそのことが、間違って受け取った寓意かも知れないけれど、かつてそこにあった彼女たちの抱いた物にも思えてくる。男達がコインを投げ入れて回し始めて、マットレスが入らずにもったいないからと自分が着ていたシャツを放り込んだその洗濯槽に、いろんな人がためらいもなく洗濯物を放り込んでいくことだって、最初は嘘っ!て思うけれど、どこか滑稽で違和感があるけれど、でも、紡がれ織り上がり浸されたその空気の中で慣らされていくとそれとて自然なことと受け入れてしまう。
消え物もいくつかあって。チーズバーガー、カップ麺、中華料理屋の餃子、それぞれが人や場所への繋がり方を滲み出させてもいて。手相占いの機械から転がり落ちてくるよく分からない神託に、それぞれの刹那がそこで終わるのではなく明日があることを語りかけられているようにも。

虹む街7誰かのUP

少しずつ街の灯りが消えるころには、机には男が筒状に畳んだタオルがピンクと青のストライプとなって山の形に積み上がる。それは砂時計の下側に積もった時間のありようのようにも思える。コインランドリーのオーナーであろうその女性は、みんなが放り込んだ洗濯物が回る乾燥機の端に座ってその音を聴き続ける。そこに置かれ働き続けた洗濯の機械たちや自動販売機は長い時間で付喪神にでもなったのかもしれない。乾燥機は動きを止め、機械の口調を崩すことなく、でも親しみを忘れず、最後の乾燥が終わったことと今までへの謝辞を告げる。でね、その時の女性の表情が、ほんと観客にとっての一生ものだった。なんだろ、彼女の心に満ちたものが溢れ、抗うべくもなく観る側になだれ込んできた。それは、その日で店を閉めるという彼女から記憶の箍を外し、積み重なったコインランドリーでの日々やそこに交わった人々への淡々とした毎日が彼女自身の中で広がり昇華したようにも、満足するほどに幸せではなかったのかもしれないが、でもコインランドリーと共に日々を過ごしたことへの、彼女がその街で抱えた生きた記憶への充足感のようにも思えた。

俳優達にもひとりずつしっかりと彼らの人生が垣間見えるようで。そこに命が宿るほどに、俳優たちそれぞれが舞台での時間に彼らが歩んだ時間や空気を漂わせて、やがてそれらを身体の芯から訪れる物として観る側に渡すような人物造形の秀逸があった。

虹む街4下手からUP

終演後の高揚感が残る中、観客に、密にならないように配慮しつつ美術を近くで見て写真を撮る時間が与えられる。これもありがたかった。スマホの画面に写った街の姿をシャッターで取りこむたびに、そこに染みついた時間が同じように観る側にも染みこむよう。絵面というより、そこに宿った感覚がすっと観る側の記憶に焼き付けられるようだった。

虹む街6UP

名残惜しさを感じながら会場を出る、物販で作・演・出演のタニノクロウ氏著『虹む街』を購入。本の帯には「小説なのか戯曲なのか「区分け」の曖昧な文章を、あえて書きました」と、また「「虹む街」とは、執着やこだわりから解放されたシームレスな場所を意味し、それは演劇、劇場そのものでもあると言えます。」とあとがきからの引用があり、帰りの電車のなかで一気に読んでその通りだと得心もしたが、でも、得心しつつも、観る側にとってはそうやって言葉に繋いでも収まりきれないものが、舞台にも本にも満ちていたとも感じた。
「虹む街」、このあとがきを含めて150ページの本は、きっと舞台のベースでもありながら、異なった深さのディテールと、体験したことのない視座からの物語への俯瞰を渡してくれる。そこには、台本というか舞台上での出来事と、それを編んだ作り手が定める場や登場人物への裏設定、更には自らを観客の席においての観客に降りてくるであろう感想、挙げ句の果てにはその観客達を眺める作演の心の呟きまでが、混在し、でも魔法のように整然と混沌なく語られている。観た舞台の記憶や実感とは異なる部分もあるのだけれど、すべてを作り手の意図のように受け取ることができたわけではないけれど、それも含めて舞台に対峙するのではなく劇場空間の真ん中に吊されたTHETA(360度カメラ)になったような感覚で、一章読むごとに劇場の時空間の記憶が立体的に舞台では観ることができなかった深部にまで解けていくことに、心を捉えられた。

虹む街 本UP

余談だけれど・・・。観終わって、読み終わって、別腹での漠然としていて見当外れで大雑把な感想ながら、優れた表現に巡り会うことは自らの記憶の住処が新たに増えることなのだなぁとも思った。
==== ==== ====
KAAT神奈川芸術劇場『虹む街』
2021年6月6日(日)~6月20日(日)
@神奈川芸術劇場 中スタジオ
作・演出:
タニノクロウ
出演:
安藤玉恵
金子清文
緒方晋
島田桃依
タニノクロウ
蘭妖子 
+神奈川県民を中心とした街の人たち
【街の人たち】
ポポ・ジャンゴ(創作集団 ピノ*グレ所属 https://www.pinot-grls.com)
ソウラブ・シング
馬双喜 (横浜中華街「龍仙 馬さんの店 http://www.ma-fam.com/」)
小澤りか
ジョセフィン・モリ
阿字一郎(横須賀シニア劇団「よっしゃ!!」)
アリソン・オパオン
月醬
馬星霏
美術:
稲田美智子
照明:
大石真一郎
音響:
佐藤こうじ
・・・
白水社刊『虹む街』タニノクロウ著 ISBN978-4-560-09858-5
・・・
掲載の写真に問題があるようでしたらお知らせください.対応いたします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?