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月よ星よと

「今回のお見合いはうまくいかなかったけど、頑張って!皆川さんなら大丈夫だから!」
「15回目ですよ。まだ頑張らないといけませんか?辛いです。」
「じゃあメイク講座や食べ方のマナー講座を受けて自己研磨して見ましょう!」
「…わかりました。予約します。」
婚活アドバイザーとの面談は終わり、帰り道をぼんやりと歩いている。
婚活にことごとく失敗し、絶望していた。
私、皆川ゆりな(みながわゆりな)は35歳。独身。生涯で一度も彼氏無し。婚活歴10年。上司や先輩とも上手くいかず、楽しくもない仕事に追われる日々だ。
家族からは結婚や出産を急かされてうるさいので、もう何年も会っていない。連絡も拒否している。
「私なんかだれにも必要とされてない。」
人に必要とされたい、揺るぎない安心感が欲しい、それだけなのにうまくいかない。
先ほどのお見合いをキャンセルされたのも見た目が好みじゃないと言われたので、すごく凹んでいた。
「幸せになりたい。愛されたいだけなのに。」
涙が止まらなくなり、歩みを止める。

突然、車が物凄いスピードで突っ込んで来た。
視線を車の方に移すと、男性が立っていた。今にも轢かれそうだ。
私は気付くと体が動き、青年を引っ張って歩道側へと急いで連れて行っていた。

キキーッと急ブレーキの音が響き、運転手が青白い顔を窓から覗かせた。
「す、すいません。大丈夫ですか?」
「…大丈夫です…」
青年は転倒していたが、運転手の言葉に返事をした。
すると、運転手が救急車を呼び、彼は担架で運ばれていった。
「事情を伺いたいので、同乗してもらえますか?」
そう言われて、たまたま道端に居た私も救急車に乗ることになった。
運転手は警察署へと行くことになり、後日診察費用を支払う流れとなった。

救急車はかなり揺れ、乗り物に弱い私はかなりグロッキーだった。
「…ありがとうございます。お怪我はありませんか?」
青年は私を気遣うように声をかけた。
「私は大丈夫です。骨、折れてないと良いですね…」
精一杯声を捻り出して話すと、彼は微笑んだ。
車内が揺れるとかなり痛そうな様子だった。

病院に着くと、すぐに診察が開始された。
「…骨折していますね。全治2ヶ月です。」
「左足ですか?」
「そうですね…お家まで頑張って歩けますか?」
「家…かなり遠くて…」
青年はそれから黙ってしまった。
看護師さんは措置をしながら、回答がないことに困ったようで、私に声をかけてきた。
「ご家族の方ですか?」
「いいえ、違います。道で居合わせただけで。」
「…身分証明書もお持ちではないみたいで…費用を運転手の方がご負担するようなのですが、連絡先やご住所も答えてくれなくて。困りましたね。」
「…あの、もし良ければ私の携帯に連絡していただけますか?彼の事、一時的に保護しますよ。」
保護という言葉が適切なのかは分からないが、ひょんな事から自宅で手当てする事になった。身元不明の男性を自宅に招き入れるなんて、どんな軽率な奴だと思われたかもしれない。
でも心配で放っておく事が出来なかった。
松葉杖をついている彼をフォローしながら、タクシーを呼び、自宅のアパートへと向かった。

彼はタクシーに乗ると自分の話をしてくれた。名前は月夜(つくよ)と言い、見たことのないような美しい青年だった。背は185センチぐらいの長身でモデル体型。髪は金髪で少しウェーブがかった髪、色白で色素の薄いような透明感のある美しい素肌、瞳はブルーでビー玉のような綺麗で大きな目をしている。
一見外国人のように見えるが、日本語を流暢に話す為、日本人だという事が分かる。
服装は白いTシャツにベージュのチノパン姿で普通の格好だ。
見惚れるくらいの美しさ。ずっと見ていたいと思ったから、怪しい人だったけど引き受けようと思ったのかもしれない。私らしくない衝動的な行動だった。

タクシーから降りるとアパートの一階へと向かった。かなり年季の入った建物に青年は見入っていた。築年45年。ボロアパートだ。
「…お邪魔します。」
ドアを開けると、松葉杖を玄関に置き、足を引きずりながらゆっくりと進んだ。
「ソファに座ってください…」
リビングのソファを指差し、彼は頷きながら座った。
手を洗い、マグカップを出してお茶を入れる。
「良かったら、どうぞ。」
「ありがとうございます。頂きます。」
お茶を飲む姿も美しく、ジッと見入ってしまった。
「出前を取るので良かったら、メニューを見て決めてください。」
スマホを渡し、メニュー表を見せた。
「…同じものをお願いします。」
天ざる蕎麦を2つ注文し、また沈黙が続いた。
いつ帰るんだろう、泊まる気なのか、なんで何も話さないのだろうか…色々頭によぎるが何となく話しかけづらい雰囲気なので、黙ってしまう。
出前が届くと、彼がテーブルへと運ぼうとしたが、骨折をしているので静止させる。
「ごめんなさい、ありがとう。」
困った顔でそう言うと、彼の前に天ざる蕎麦を置いた。
「えっと、どこから聞いたら良いか…」
「…すみません。ここには今日来たばかりで事情があり、家には帰れないのです。しばらくここに置いてほしいのです…。」
困った顔でこちらを見てそう言い、ポケットからゴソゴソと何かを取り出した。
「この石は貴重なものです。持っていて下さい。こちらをお渡しする代わりに置いていただけませんでしょうか。」
見た事のない石で、角度によって色が変わる珍しいものだった。
「石はいらないです。こんなボロいところで良ければ、良いですよ。」
すんなり了承してしまった。本当に石なんかどうでも良くて、ミステリアスな彼をもっと知りたいと思った。勿論ワンチャンスなんて狙っていない。狙えるはずもないが、宝石よりも美しい彼と一緒に過ごしたいと思っている。

お風呂を沸かし、先に入ってもらう。骨折した部分はビニール袋で巻いてテープで固定した。

「えっと、これって何に使うんでしょう。」
半裸でドアから顔を覗かせ、話しかけてきた。
「キャア!えっと、左がシャンプーで、右がトリートメントです。右端の石鹸で体を洗って下さいいい!」
物凄い早口でそう伝え、ドアを閉めた。男性の半裸など見た事が無いので思わず叫んでしまう。
「お先に失礼しました。ありがとうございます。」
出る時に手を貸して支える。触るだけでドギマギしてしまい、かなり不自然な態度になってしまう。
これが水も滴る良い男と言うのだろうか。形容しがたいくらい美しく、濡れた髪はストレートヘアーになり、より中世的な美男子というような感じだ。
「…すみません、何かついていますか?」
ジッと見すぎてしまった。気持ち悪かったかもしれない。
「いえ!ドライヤー、良ければ使ってください!」
慌てて彼に渡すと、小走りでパジャマを取りに行った。
「これってどう使えばいいんでしょうか。」
ドライヤーを不思議そうに持って見ている。男性だと使った事がない人もいるのだろうか。シャンプーの件と言い、天然かというくらい無知な気がする。
「このコンセントにセットしてボタンを押してください。風力は隣のバーをあげて調整できます。」
椅子に座ってもらい、無意識に電源を入れて彼の髪を乾かしてしまっていた。
「ごめんなさい!勝手に触ってしまいました!」
「大丈夫です。こうやって使うんですね。」
笑顔で微笑んでいる。発光しているんではないかというくらい綺麗な髪。男性の髪の毛を触るのが初めてなのに、なんだか心地良い。
「…はい、乾きました。水も置いておいたのでのんびり飲んでて下さいね。」
「何から何まで感謝します。」
さりげなくハグをして、感謝を伝えてくれた。暖かくていい匂いがした。同じシャンプーを使っているはずなのに全然違う爽やかな香りになっていた。

お風呂から上がると、彼は椅子に座ったまま眠っていた。眠り姫のような美しい寝顔で芸能人とかに負けないくらい綺麗なんじゃないかと思って見惚れてしまう。
「ベッドに運べるかな…頑張ろう。」
椅子で寝てもらうのは可哀想なので、ベッドまで何とか引きずるような形で運んだ。
それでも熟睡しているのでよっぽど疲れたんだろうと思い、布団をかけた。
スマホの目覚ましをセットし、ソファに横になって寝た。

目覚ましの音が部屋中に鳴り響く。音に驚き、目を覚ます。
ベッドの方に目を向けると、彼は寝ている。やっぱり昨日の事は夢じゃなかったんだ。
急いで支度し、食パンを食べて牛乳を一気飲みする。歯を磨いてパソコンの電源を入れ、在宅勤務を開始した。
月夜は驚いた様子で私の事を見ていた。
朝のミーティングが始まったので、身振り手振りで食パンを指差して食べるように伝えた。
彼はお辞儀するとスタスタと歩いて、私の隣に座り、パンを食べ始めた。

「ええー?!足は大丈夫なの?!」
あまりにも驚いてしまい、大声で叫んでしまった。幸いなことに音声をミュートにしていたので、会社のメンバーにはこの声は届かずに済んだ。
「はい。朝起きたらすっかり治っていました。ありがとう。」
笑顔で足を動かしながらそう言った。
驚きすぎて何も返答出来なかった。
業務に集中しようと思ったが、病院での様子を知っている事もあってそんなに早く治るわけがないと、そこはかとない恐怖を感じた。もしかして宇宙人?幽霊?なんだろうか、未知な生物を招き入れてしまったんだろう。
月夜は私の気持ちをよそに、のんびりとパンを頬張り、牛乳を飲んでリラックスしている様子だ。

「あの、本当の正体を教えて下さい…あまりにも不可解なことが多すぎるので。」 
「驚かせてごめんなさい。たしかにあなたと少し違うかもしれません。」
「…実は昨日、突然あの場所に舞い降りたんです。本当に突然。そうしたら車と衝突しました。僕は初めて車を見ましたし、ケガもしました。」
「…はい…やっぱりそうなんですね。」
「僕は月から来ました。人間について勉強をしてくるようにと任務を受けました。」
「それってかぐや姫のようなものですか?」
「はい。僕はかぐや姫の遠い末裔です。」
信じられない。こんなこと現実に起こるのか。かぐや姫もすごく美しくて優れていたという点で似ているように感じた。
「だから足の治りも早いし、人間離れした能力もあるんですね。」
「月では当たり前の能力です。人間だと治るのに2ヶ月かかるそうですもんね。」
事実なんだろうけど、その言い方、なんだかモヤモヤする。
「じゃあ足が治ったなら、他の所に行けばいいのでは?こんなボロやだし、変な女もいるし。」
「とんでもない。ここは素敵なところですし、貴女はとても魅力的です。気を悪くしたのであればすみません。」
困った顔で謝っている姿も何とも言えない美しさで、なんでも許してしまいそうだ。
「好きにしたらいいと思います。こちらはどちらでも良いですよ。」
本当は嬉しかったのに、素直に言えないのがやっぱり私は可愛くない。
パソコンに目をやり、目の前の仕事に没頭した。

気がつくと夕方になっていた。
上司は機嫌が悪く、先輩には資料作成を押し付けられていつも通りの辛い一日が終わった。夜にもう一度資料を作ることにした。

彼は家の中でぼーっと外を眺めたり、テレビを珍しそうに観ていた。
急いで夜ご飯を作り、お風呂掃除をしていると電話が鳴った。
結婚相談所からだった。明日のメイク講座の時間が伝えられ、その後お見合いが一本入った。
本当は有難いことなのだが、どうせまたうまくいかないだろうと落ち込んだ。
彼は心配そうに私の顔を覗き込む。
私はどのみち彼といてもどうにかなるわけではないし、婚活をしていても結婚できる訳ではないので、やっぱり絶望的なのは変わらなかった。

次の日は業務はなく休日だったので、着替えてメイクをし、結婚相談所へと向かった。
彼は眠っていたので何も言わずに出掛けることにした。
メイク教室では綺麗な先生が男性ウケの為のメイク方法について熱弁し、メイク道具を使って実演していた。本当はしっかり聞かないといけないんだろうけど、どうせメイクを頑張っても誰も私のことなんか好きになる訳がないとやさぐれてしまう。
明らかに上の空だった私は、先生に呼び出されて婚活へのやる気を出すように怒られたが、そんな叱咤激励もどうでも良いと感じた。
こんなモヤモヤな気持ちの中でまたお見合いか…と気が重くなる。
説教を受けながら先生とお見合いの場所へと向かう。
お見合いがいつも通り始まると、何とか取り繕って話す事は出来たが、月夜の事ばかりを考えていた。
「…ゆりなさん、聞いてますか?」
ハッと顔を上げると、お見合いの相手が戸惑っているようだった。
「…ごめんなさい、大丈夫です。」
「あなた、見た目も良くないのに話も下手くそだなんて、終わってますよ?わざわざ申し込んだ俺に失礼だと思わないの?」
「すみません。そんなつもりはなくて…」
「冗談は顔だけにしろよ、ババア。」
私の態度は失礼だったかもしれないが、それ以上に相手の言動に傷付いた。
お見合いは終了した。先生はお見合い相手の言動には触れず、私のぼんやりした態度に対して怒っていた。全部がどうでも良かった。
先生を無視して走って家に向かう。外は豪雨だったが、無視して走り続けた。
月夜のことをもっと知りたい、もっと一緒に居たい、婚活なんかどうでもいい。
一緒にいたい人に出会ったから、私にとっての婚活は終了した。
普段は電車に乗って帰るところを走って帰ったので、1時間近く走り続けていた。
向こう側から月夜が走ってきた。
「なんでいるの?」
「…傘、忘れていましたよ。渡しに来ました。」
「今日はすごく辛い1日でした。すぐにでも貴方に会いたくて、走って帰ってきました。」
「…辛かったんですね。僕にとってあなたは命の恩人であり、女神です。」
「お世辞なんて言わなくても良いですよ。あそこに好きなだけ居ればいい。」
「誰がなんと言ってたとしても、僕はあなたを守りたいと思っています。これ以上、傷付く姿を見たくないです。」
月夜は私を引き寄せて、強く抱きしめた。
「…まだ会ったばっかりなのに、あなたのことが頭から離れない。一緒に居たい。全部捨てても良い、私はあなたと一緒に過ごしたい。」
うわあああんと大声で泣き、メイクはボロボロ、服はびしょ濡れ、ヒールは折れかかっている。
「月に一緒に来てくれますか、僕と。」 
「月…?私も行けるの?」
「全部捨てても良いと言っていましたよね。月に行く条件はそれだけです。あとは僕の事を愛し始めているようですので。」
「行きます。今から。」
この世界に未練は1ミリもないし、彼を知りたい。その気持ちしか持ち合わせてない。危ういかも知れないけど、今までにないくらい自信に満ち溢れていた。
「じゃあ捕まっていてください。」

石を手に乗せると輝きだした。
石は光を放ち、虹色に輝きながら天に登っていったのだった。

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