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【自分とか、ないから。教養としての東洋哲学】(しんめいPさん著)の感想

自分の気持ちと向き合うために、あまり知らないジャンルの本を買ってみて、それに自分がどう感じるのか、向き合ってみることにしました。
書店の本をザーッと眺めていくと、目が離せなくなるタイトルを発見しました。

「自分とか、ないから。」


・・・えーーーなにそれ・・・こっちは自分探しするつもりでいるのに、その出鼻をくじくようなタイトル(笑)
でも、逆に興味が沸きすぎてパラパラとめくってみると、イラストもあって、文章もかなり読みやすそうでした。
この本のジャンルは、「東洋哲学」というらしい。表紙に何人か描かれているが、その中にブッタがいるから、いわゆる「仏教」とかかな。
「仏教」に関する本は、文章が「お堅い」イメージがあるから避けがちでしたが、これなら読めそうだ、と思って買いました。

自分がない、ってどうゆうこと?

この本は、著者であるしんめいPさんが、7人の「東洋哲学」の哲学者について紹介し、しんめいPさんの解釈が綴られた「哲学エッセイ」です。
「自分とか、ないから。」という理由について、個人的に納得した箇所を抜粋させていただきます。

「2章 空 この世はフィクション 龍樹の哲学」(P52~)で、龍樹の言葉を、しんめいPさんは「この世はフィクションである」(P63)と、現代風に訳します。それは「この世界は「ことばの魔法」が生み出した幻」(P66)だから。

それを、私の実体験で考えてみました。私は、「独身」→「妻」→「妊婦」と呼び名が変わり、近い未来に「お母さん」に変わります。私は変わらないのに、呼び名が変わり、世間での存在も変わっていきます。

自分の選択や、周りの人との関係性で変わる、今の自分=フィクション。今の自分は、あるようで、実はない存在。
思えば、フィクションの名前が変わる度に、自分の気持ちも変わりました。「独身」の時は、いかに自分がやりたいようにできるかばかり考え、「妊婦」の今は、赤ちゃんのために自分は何ができるのかばかり考えています。

そう考えると、たしかに自分の軸なんて、あるようでないじゃん!!と気付きました。自分の声を聞く!とは言っても、その声って、今の状況で感じることの声であって、それに不変性はない。変わらない自分なんていない。
つい、自分はこうゆう人間です!と言って安心したくなっちゃいましけど、それ自体がナンセンスなんですね。

今回学べたこと


変わらない自分なんてない。
だからこそ、今この瞬間感じたことを尊重して行動する。

変わらない自分なんていないから、むしろどんな自分でもなっていける。
やりたいことがあるなら小さいことからでも初めてみる。

最初は「自分とか、ないから。」と言われて少しショックを受けていましたが、読んだ後は自然と勇気づけられる本でした。
今楽しいと感じていることを無条件に信じて、つき進めていく。そうしていける時間を、人生の中でもっと増やしていきたいです。
今回ご紹介した内容のほかにも、面白い箇所がたくさんありましたので、後の記事で書かせていただくかもしれません。

気づきが多い、勉強になる本でした。ありがとうございました!!






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