鏡の中で合う目線
私が不思議だと感じたことの中で一番古い記憶について。
幼稚園児だったとき、ボーッと眺めていた鏡の中で後ろにいた友達と目が合い、鏡の中から手を振られたことにとてもびっくりしたことを覚えている。
鏡の中で目が合うという現象が理解できていなかった私は、友達が何か特殊な能力を持っているのではないかと思い、数日間その友達を警戒していた。
当たり前だけど、その数日の観察で友達に変わったところは発見されず、な〜んだ。まぐれか〜くらいに思っていた。
数ヶ月後に床屋に連れて行かれたとき(まだ小さいんやから髪型なんて何でもええやろという親の考えで父親の散髪ついでに床屋で髪を切られていた。とても嫌だったが、散髪後にもらえるプリッツが私を床屋につなぎとめていた。)床屋のおっちゃんと鏡の中でまたしても目が合い、不思議で仕方がなくなって父親に相談した。
「なんで鏡にうつっとるひとがこっち向いとるん?」
みたいな感じで聞いたと思う、多分。今もそうだけど、人に質問するときの言葉選びが絶妙にヘタクソだった。それを聞いた父親は、私が鏡像認知ができていないと思ったのか、
「鏡やから自分が向こう側に映るやろ?ほんでおんなじように動くやろ?」
って鏡の原理について説明してくれたのだけど、いや、そうじゃなくて、鏡の中でどうして人と目が合うのかが知りたかったのだ。
語彙が無いが故に自分の分からないことを目の前にいる人に共有できないもどかしさがとても悔しかったことを覚えている。
もちろん、当時はこの悔しさがなんなのか、どこから来るものなのかもわからずに、ただただ腹を立てていたと記憶している。
お父さん、なんで私がいきなり怒り出したんかわけわからんかったやろうな。
やり場のない怒りを向けられてかわいそうに。
この謎は中学生の理科の授業で答えを知ることになる。
以下の図のように鏡の中で視線が交差することで互いに目が合っていると錯覚するということだった。
ああ、だからあのときあの子は私に鏡の中で目を合わせながら手を振ることができたのだ!
頭では理解できても感覚でも理解できなければ納得できない私は双子の片割れを実験台に、鏡の中で目を合わせて互いに目があっている感覚があるのかを聞いてみることにした。バッチリ合ったし、感覚も一致した。
「今さら何いうとん。合うに決まってるやん。」
それが分からなかったんだってば。
あのときの不思議さを共有したいという気持ちはとても強く残っていて、今もささやかに私を支えている。