リハビリつれづれ 12

 午後はアキレス腱断裂のおじさんと両TKAのおばちゃんのリハビリを行った後、次の患者さんである。
 次の患者さんは誤嚥性肺炎で入院された、博識な山田さんである。
「山田さん、こんにちは。リハビリの中原と申します。このお部屋で、足の運動だったり、歩く練習を一緒にやっていきましょう。よろしくお願いします。」
「こんにちは、こちらこそよろしく。」
 山田さんは、運動機能としてはだいぶ改善してきており、自宅内は伝って歩けるのではないかと考えられる。そのため現在ご家族と退院日の調節中であり、理学療法の介入できる期間はは残り少なくなっている。
 認知症という病気は基本的には不可逆的な疾患であるため、認知機能が改善する可能性は少ない。そして、認知症の症状によっては自分の感情がコントロールできなくなったり、怒りっぽくなってしまったり、おしっこ・お通じがコントロールできず、オムツ交換が必要となる(人によっては自分の便をこねてしまうこともある)。また、徘徊をしてしまい家族が探しに行かなければならいなど介助者の手が必要となることがある。山田さんの場合、排泄はオムツで行っているため、主に奥様が介助している。また、一人での入浴が困難なため、デイサービスでの入浴や、娘さんが手伝いに来てくれた時に入浴を行っている。奥様や娘さんが介助しているからこそ山田さんの生活が成り立っているのである。
 山田さんの主な介護者は奥様である。山田さんの奥様は介護を精一杯やってくださっているようなのであるが、奥様も高齢なため、介護が負担となっている面もあると思われる。介護保険というものは、介護の対象者の生活を支えるという役割だけでなく、介護を行っているご家族の負担を軽減するという役割もある。山田さんは要介護2であり、週に三回のデイサービスと週に一回訪問看護サービスを利用されている。これらの介護サービスは奥様の介護疲れを予防し、山田さんと楽しく生活できる時間を増やす手助けをしてくれているのである。
 また、山田さんの娘さんは介護に協力的な方であり、退院後は奥様だけでは不安であるからとしばらく泊まりに来てくださるようである。これは娘さんの使命感によるものかもしれないが、山田さんの温厚な人柄が娘さんの性格に影響しているのかもしれない。
 私は血圧を測りながら、山田さんに質問をした。
「山田さん、今日は何月何日か分かりますか?」
「えーと、今日は、そうですね、、、。忘れてしまいました。」
「今日は、四月の二日になります。山田さんは緑野総合病院に入院されて、二週間ちょっとになりましたから、入院生活が長くて時間間隔が分からなくなっているのかもしれないですね。もうあっという間に四月に入っちゃいましたね。」
「そうですね。月日が経つのは早いものですね。」
 加齢による物忘れと認知症による物忘れは異なる点がある。加齢の場合、体験したことの一部を忘れているが、認知症の場合はすべてを忘れている※21。また、加齢の場合は物忘れの自覚はあるが、認知症の場合は物忘れの自覚はなくなる※21。このことを考えると、よくご高齢の方が。“私は歳だからいろんなことをすぐに忘れちゃうの。呆けちゃって駄目ね”とおっしゃることがあるが、これは加齢による物忘れのため人間としては正常な反応であり、悲観する必要はないのである。
 今日は座った状態で準備運動を行った後、平行棒で伝い歩きの練習、バランス練習を行い一度休憩とした。
「山田さんはお仕事何をされていたんですか?」
「私はね、鉄道の部品を作っていました。世のため人のためと思いながら金属を加工していましたね。ただ、世のため人のために働いていたと言いますが働いていた時は世の中とは何か、人とは何か分からず働いていましたが。かといって私はこの世に生を受けて長いこと経ちましたが、その答えはまだ分かりません。」
「世の中とは何か、人とは何か。まだ二十年とちょっとしか生きていない私にはその答えは私には難しすぎて分かりません。そして山田さんが分からなかったのなら私もきっと分からないです。」
「いいえ、あなたはまだ若いからこれからいろんなことを学んで考えればいいんです。私はもう老いぼれですからそんなことは出来ません。私は考えても分からないということが分かりました。」
「 “無知の知”ですね。詭弁家に無知を自覚させたソクラテスの概念ですよね。」
「あなたは若いのによくご存じですね。この世の中にはこうすればいい、ああすればよいと、さも自分がこの世の真理を説いている人がいますが、もしこの世の中で少し成功したとしても、それでこの世の真理を知り得たと吹聴してはいけません。みているのはこの世のほんの一側面にすぎないのですから。」
 人は自分の地位の保持のため、劣等感から他人より上に立とうとする。そうすることで自分の自尊心を高めようとするが、その行為自体が自分の能力を高める機会を失っていることに気付くべきである。特に日本という島国は村社会の文化、年功序列の縦社会文化のため、集団に同調しないものは非難され、上の人の意見は重く、正しいと判断されやすい社会である。このような社会で育った我々はこのことを学習し、またそのことを繰り返しやすい。もちろん組織という集団においてある程度の集団意識や上下関係は必要なことであるが、多様性を認める現代社会においてはいささか時代遅れな感じも否めない。私の日々の行動は反省点ばかりであるため、“分かりました。”と自戒を込めて山田さんに返答した。
「山田さん、鉄道の部品を作っていたというのはすごいお仕事ですね。大変だったのではですか?」
「それはもう大変でしたよ。工場は三百六十五日休みなく稼働していました。朝から晩まで働いて、隣では機械の音がゴンゴン、溶鉱炉はゴウゴウと燃えている中仕事をしてました。夏は熱いのなんの。安全第一とはいいながら、過酷な環境で働いていましたね。ちなみにあなたは安全第一に続きがあるのはご存じですか?」
「安全第一に続きがあるんですか?」
「そうなんです。“安全第一、品質第二、生産第三”って続くんですよ。この言葉はもともとアメリカの言葉でしてね。もともとは安全第一じゃなかったんです。“生産第一、品質第二、安全第三”。でも、生産第一だともちろん労働環境は最悪です。そんな中、労働者のことを思ったアメリカのとある会社の社長さんが、“生産第一”を“安全第一”に経営方針を変えたんです。そしたら見事に労働環境は改善されて、労働災害は減り、おまけに品質・生産も向上したんです。やがてこの言葉は海を渡り、日本の会社も真似てこの言葉を採用したんです。」
「そうだったんですね、初めて知りました。山田さんは本当に物知りですね。私にとって先生です。」
「私は先生なんかではありませんよ。先人が作った偉大な言葉を覚えているだけです。」
 今日も山田さんから大切なことを教えていただいた。リハビリだって安全第一である。点滴が他のものに引っかからないか、病院服のズボンが長くて裾を踏まないか、車いす移乗の時に介助は一名で大丈夫なのか、持つところはそこで大丈夫なのか。リハビリの内容の以前に患者さんの安全を第一に考えることが一番なのである。
 この後、立ち上がりの練習、実際に伝い歩きの練習を行って今日のリハビリを終了とした。

※22 もし、家族や自分が認知症になったら 知っておきたい認知症のキホン | 暮らしに役立つ情報 | 政府広報オンライン (gov-online.go.jp). https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201308/1.html, 参考

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