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新人賞(の応募規定)がスゴイ! 2024冬

★ご注意★

 半分冗談でこういう書評みたいなタイトルにしてるけど、内容は書評でもなんでもなく、著作権絡みの結構えげつない話である。


最近の出版社の新人賞は「応募規定」がスゴイ

 いや、他人が持ち込んできた作品について、どうしてそんなに頭のてっぺんから足のつま先まで権利確保しに来るかね? って感じで衝撃を受けた。


 しかも、小賢しいことに……応募者(厳密には受賞者)の著作権が表面上留保されているのだ。

  ↓  ↓  ↓

『応募作の著作権は著者に帰属します』(キリッ!!


 なんだけど、まあ……そこは続きを読んでほしい。


どこの出版社がすごい?

 これなんだけど、各社とも語り口に多少の濃淡こそあるものの、ある程度、みんな横並びにヤバイ応募規定を掲載しているので、特にどこの出版社がというより、出版社みんなヤバイんだと思って読んでほしい(笑)。

 気になる人は、自分が応募しようと思っている新人賞の応募要項をしっかり読み込んでみよう。特に「受賞作品の取り扱いについて」という項目が重要だ。


 受賞作に対し、名目上の著作権は応募者に残すといいつつ、代わりに(出版社への)包括的な独占的利用権(※)の付与を強制し、それこそ……

※ 独占的利用権……著作権者による別の第三者への利用権の再許諾、著作者自身による著作物の自由な利用の両方を禁止ししつ、この権利の許諾を受けた者だけがその作品を自由に利用できるという、強力な利用権。

  ↓  ↓  ↓

  • 「出版社側による作品の改変や二次利用を認めろ(※1)」≒著作者人格権不行使特約の強化版みたいなモン。

  • 「(紙出版と電子出版以外にも)コミカライズ、ゲーム化、映画化、キャラクター商品化といったすべての二次利用を独占的に許諾しろ(※2)」

  • 「二次利用について、(出版社が)第三者に利用権を再許諾し報酬を得る独占的な権利を認めろ(※3)」

  • 「応募者が受賞作を利用したいなら、先に書面でこちらの承諾を受けろ」

  • 「応募完了と同時に、応募者が、応募規定を契約の内容とすることに同意したものとみなす」

  • 「上記の内容は、①受賞者が弊社(出版社)から連絡をした時点、または②結果発表時点……のいずれか早い方から効力を有する」

※1 受賞作について出版社に著作権法27条(翻案権)を認めてしまうと、著作者人格権は実質的に有名無実化する。著作者人格権のひとつである「著作者以外の者による勝手な改変を禁ずる権利(同一性保持権)」が失われるからだ。ちなみに、同じく著作者人格権の一部である「公表権」は、応募作品の場合、受賞時点ですでにない。作品の出版時期や方法を決めるのは作者本人でなく出版社だからだ。

※2 これほど直接的ではなく、もっとマイルドな記載になっていることもたる。ただ、まあ……「著作権法28条についての権利を含む」と書いてあれば、内容的には同じである。ちなみに「等」でボカされているのはたぶん、パチンコ化やパチスロ化。一部の作家さんは自分の作品がギャンブルに使われるのを嫌がるので。

※3 ここまで応募規定で書くところはさすがに少ない。が、存在はする。

 ……こういう、苦言のひとつも言いたくなるような要項がwwwww

 そして、ラスト2つが特にすごい。応募ルールへの承諾と発効の時期ね。

 これ、応募者側に自分たちと条件交渉するチャンスを一切与えませんって意味なんだ。嫌なら最初から応募してくんなと。


 ちなみに……


これまでの条項では、最も大事なコトがまだ決まっていない……

 これほどの一方的な条件をすべて呑み、受賞して、そしてなお、古より伝わる出版業界の悪しき商慣習が最後に立ちふさがる。

 みんな、大事なコトを忘れておりませんか(笑)。

 賞金額以外は何も決まってねえの。

 出版を確約しておきながらその時の印税率とか支払期日とか部数とか、包括的な独占的利用権を許諾しろといいながら、その二次利用があった際に得られる報酬額とか。書いてあっても「弊社所定の」だけ。

  ↓  ↓  ↓

 「印税率? 支払期日? ああ、そのへんは実際に本が出る時に、ウチの社内規定と経営事情見て決めます」

(オファー時でなく、すべての工程が完了したあとに、もう動かせない形で契約書が送られてくる)


 この段階で「印税率は1%ね!(あるいはそれ以下)」とか言われても、文句言えない。文句があるなら出版話がポシャるってだけ。

 受賞後のデビュー作にこれをやられて、そんなクソ契約呑めるか! と席を立てるヤツはいないでしょ。しかも、出版権じゃなくて独占的使用権だから、(特に契約書に書かれていない限り)年限経過で勝手に効力が切れることもない。

>> 出版権の性質については前回の記事を参照してね。


 あ、そうだ。

 新人賞の受賞作の出版案件だと、そもそも発端が応募なので、雑誌などに掲載するような依頼原稿と違い、業務委託と呼べるどうかすらグレー。

 つまり、フリーランス新法の適用があるかどうかも微妙だ。
(連載なら、間違いなく同法の適用対象になるのだけど)

(でも、もし出版権を設定していなければ、裁判で業務委託扱いと認めてもらえる余地はワンチャンあるかな? 判例がないのでまだ分かんないな)
(とはいえ、デビュー作の契約条件巡って裁判沙汰なんて起こしたら、その時点でその人の作家人生はエンドだよな……)

※頭の中のひとりごとです

 ホント、救いがなさすぎる……


どうしてこうなった?

 以下は筆者である自分の推測に過ぎないが……

 「コンテンツを使った商業活動におけるトラブル防止」のためだと思う。そしてトラブルとは具体的に何を指すのかといえば……

 あの「セクシー田中さん」事件ではないか?


 要するに、著作者に二次利用の許諾に関する意思決定を任せるとあれこれトラブるから、出版社が先に全部預かっちゃえ!と。

 原作者を初めから二次利用に一切関与させない! これが最適解!!
(※出版社および二次利用者にとっての最適解である)

 ああいう事件を受けてなお、作者の尊厳よりもクロスメディア展開の円滑化を優先したと。それも最悪の形で。そういうことじゃないかな。


では、全く救いがないのか?

 ……といわれると、実はそうでもない。

 上述した新人賞の応募要項に絞って話をすれば、作者の諸権利を包括的に取得し、著作者人格権の不行使特約も強制し、契約内容については交渉の余地すらも与えない……これほど一方的な契約内容の押しつけは、独占禁止法に抵触する可能性があるからだ。

 特に、応募者が実質的に応募以外の選択肢を持たない状況で、応募時点から主催者が求めるすべての条件を包括的に受け入れることを求める規約(応募要項)は、契約自由の原則を逸脱しており、優越的地位を濫用したとみなされる余地があると思う。

 以下は、独占禁止法における「優越的地位の濫用」を規定した条文だ。

  ↓  ↓  ↓

第二条 この法律において「事業者」とは、商業、工業、金融業その他の事業を行う者をいう。事業者の利益のためにする行為を行う役員、従業員、代理人その他の者は、次項又は第三章の規定の適用については、これを事業者とみなす。
 (略)
 この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
 (略)
  自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。
 (略)
   継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
 (略)

引用:e-GOV 法令検索(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)
※俗にいう「独占禁止法」
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000054#Mp-Ch_1

 ただ、いろんな意味でまだハッキリ「違反だろ!」とまでは言えないのが現状。

 独禁法2条9号5号ロについては、新人賞への応募者が果たして「継続して取引する相手方」と言えるかどうかが問題。

 また、包括的な権利取得という「将来発生する可能性として存在するに過ぎない未必的な利益の確保」が不当な取引行為に該当するのか……その根本的問題もある。


優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方

 以下、抜粋。
 太字やカッコ書きの補足は筆者が足したものだ。

2 独占禁止法第2条第9項第5号ロ
独占禁止法第2条第9項第5号ロの規定は,次のとおりである。

ロ 継続して取引する相手方に対して,自己のために金銭,役務その他の経済上の利益を提供させること。 この規定における「経済上の利益」の提供とは,協賛金,協力金等の名目のいかんを問わず行われる金銭の提供,作業への労務の提供等をいう。

(ここから該当しうるパターンの紹介。(1)(2)は省略)

(3) その他経済上の利益の提供の要請
ア 協賛金等の負担の要請や従業員等の派遣の要請以外であっても,取引上の地位が相手方に優越している事業者が,正当な理由がないのに,取引の相手方に対し,発注内容に含まれていない,金型(木型その他金型に類するものを含む。以下同じ。)等の設計図面,特許権等の知的財産権,従業員等の派遣以外の役務提供その他経済上の利益の無償提供を要請する場合であって,当該取引の相手方が今後の取引に与える影響を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合には,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり,優越的地位の濫用として問題となる(注 15)。 (注15)無償で提供させる場合だけでなく,取引上の地位が優越している事業者が,取引の相手方に対し,正常な商慣習に照らして不当に低い対価で提供させる場合には,優越的地位の濫用として問題となる。この判断に当たっては,「取引の対価の一方的決定」(第4の3(5)ア)に記載された考え方が適用される。
イ 一方,前記アに列記した経済上の利益が無償で提供される場合であっても,当該経済上の利益が,ある商品の販売に付随して当然に提供されるものであって,当該商品の価格にそもそも反映されているようなときは,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとならず,優越的地位の濫用の問題とはならない。

<想定例> ① 取引に伴い,取引の相手方に著作権,特許権等の権利が発生・帰属する場合に,これらの権利が自己との取引の過程で得られたことを理由に,一方的に,作成の目的たる使用の範囲を超えて当該権利を自己に譲渡させること。

(以下省略)

引用:優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方
公正取引委員会

 確認するといちおう、著作権も対象となるっぽかった。まあ、強要されるのは著作権の譲渡ではなく、「包括的な独占的利用権の付与」だけど。

 あと、新人賞なので厳密には「これらの権利が自己との取引の過程で得られた」ワケではない。

 なんだけど……それどころか今回の件は、応募者が誰の指示も助力も得ずに完成させたオリジナル作品の著作権について、賞をくれてやる以上は出版社に包括的な独占的利用権を付与するのが当然! という規定なので、さらにタチが悪い。

 なかには「賞金と引き換え」どころか、賞金ゼロの最終候補作品に対して包括的な独占的利用権の許諾を求めるところも。


 自分の中では、まあ、独禁法違反……あるかもなと。公正取引委員会の人にいくつか事例を紹介しつつ相談した限りにおいては。


今回は問題提起。

今回この記事を書いたのは、自分自身「さすがに、このやり方が業界全体のデフォルトになるのはヤベえだろ……」と思ったからだ。

しかし、読者の方でこれから何か新人賞に応募したいと思っている人に向けて、これだけは言っておきたい。

  ↓  ↓  ↓

あなたがこの件を巡って出版社と直接争ってはいけない。絶対に。

 この件で出版社にクレームつけたり出版社と争ったりしたら、マジで受賞の資格なんて剥奪されるし、その後に何を主張したって誰からも相手にされない

 下手すりゃ出版社のブラックリスト入りとなり、以後は何を応募しても一次選考前に落とされる。

 また、こういう権利トラブルで受賞を逃した作品を、他の出版社に引き受けてもらうことも難しい。受賞確定の時点ですでに、元の出版社による独占的利用権が付与されているからだ。

 どうしても自分の作品の著作権の行方が気になるなら、今は下手に応募せず、静観しておくのがいちばん賢いと思う。


 とりあえず、この問題はもう少し社会に認知されてほしいと思っている。

 ツッコミや批判も含めて、コメントがあればいただけるとありがたい。

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