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二百歳まで生きる希望ができました〜「成瀬は天下を取りにいく」

「わたしはこの夏を西部に捧げようと思う」

この発言の主、成瀬あかりに出会ったのは2021年春。
雑誌「小説新潮」のなかでだった。

窪美澄、町田その子、彩瀬まるらを生んだ「女による女のためのR-18 文学賞」の第20回受賞作、宮島未奈「ありがとう西武大津店」のなかで、成瀬あかりは輝いていた。

いや、輝くはちょっとちがう。
けっして成瀬あかりは、カタカナのキラキラ、なんかしていない。
ただ毎日、ある場所でどっしりとその存在を見せていただけに過ぎなかった。
でも、たしかに成瀬あかりは、しっかりと青春の真っ只中にいた。


成瀬あかりが暮らす滋賀県大津市のデパート、西武大津店が8月いっぱいで閉店する。
地元テレビ局は夕方の情報番組で、毎日西武大津店から生中継をするという。

それを知った成瀬あかりは、その生中継のどこかに毎日映り込む、と決めた。

それが、彼女の言う「この夏を西部に捧げようと思う」だ。


テレビの中継のどこかに映り込むというと、目立ちたがりでおちゃらけな印象を持つが、成瀬あかりはけっしてそうではない。どちらかというと中学のクラスでも孤高でマイペースだ。


ただ、成瀬あかりは、やりたいことを臆せずやるだけの中学生だけなのだ。


二百歳まで生きると宣言し、期末テストで五百点満点を取ると宣言する。
大きなことを百個言って、ひとつでも叶えたら、「あの人すごい」となるから、日頃から口に出して種をまいておく、ただそれだけだ。と、成瀬あかりは言う。

2021年の春に出会った「ありがとう西武大津店」一編だけで、見事に成瀬あかりの虜になってしまった。


そんな成瀬あかりが、2年の歳月を経て、6本の短編とともに帰ってきた。
それがこの、「成瀬は天下を取りにいく」だ。

しばらく見ないうちに、成瀬あかりは同級生とともに「ゼゼカラ」という漫才コンビを組み、M−1グランプリに挑戦していた。

高校では、入学式の前日に髪の毛を剃り、坊主になっていた。人間の髪の毛は一ヶ月に1センチ伸びる。入学式の前日に頭を丸めると、卒業式には35センチに伸びているかを自らの実験台に検証しようとしていた。

その高校ではかるた部(班)に入っていた。入学前の春休みには、かるたを始めるつもりで「ちはやぶる」を全巻読んだという。

将来大津にデパートを建てようという野望を抱く成瀬は、東大のオープンキャンパスに行ったついでに、池袋にある西武池袋本店を訪れる。将来のための視察だという。

かるた選手権で出会った広島の高校生と琵琶湖でミシガンに乗った。そこで成瀬は彼から告白らしきことをされる。

高校生になってもM−1への挑戦は続いていて、でも全て一回戦敗退だった。


地元の祭りで成瀬たち漫才コンビは司会を務めている。


2021年から2年、成瀬あかりは成瀬あかりのまま、着実に成長していた。
いや、それは成長なのか。たぶん成瀬あかりのなかでは自分はなにも変わっちゃいない、なのだろう。
ただ成瀬あかりの世界が広がり、成瀬あかりの魅力に気づく人との出会いが増えただけなのかもしれない。

2年経っても変わらず成瀬あかりは、挑戦・野望という大きな種を蒔きまくっている。途中で諦めた種でも、周りはきっといつか花が咲くのを期待している。

ああ、成瀬あかりに出会えて本当に良かった。
このままずっとずっと見守っていきたい。
本当に成瀬あかりは二百歳まで生きていそうだ。
二百歳の成瀬あかりにはどうあがいても逢えない。
二百歳の成瀬あかりを見届けられないのが悲しい。惜しい。

宮島未奈さん、早く続編を。お願いします。

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