「マルホランド・ドライブ」制作日誌
*月*日
第一回メインスタッフ・キャスト合同打ち合わせ。
予想通り中味について多くの疑問質問が飛び交う。 特に今回始めてキャスティングしたナオミ・ワッツとローラ・エレナ・ハリングからが多かった。
私たちは二役なんですか、それとも全くの別人な んですか。
前半の世界と後半の世界はリンクして いるんですか等々。
予想通りである。
しかし私はその種の疑問質問に対しては次のように応えるようにしている。
感じたままに演じろ、と。
なんという都合の良い言葉だ。自分自身説明できない事柄にはこう応えるしかない。
こういった場合常連の役者で固めると気が楽である。
「これがデビッドの世界なんだ」とフォローして くれるからである。
だから私は決してマーロン・ ブランドやアル・パチーノはキャスティングしないのだ。
*月*日
ナオミのオーディションの撮影である。
この撮影の後ナオミが私に言った。
「デビッド、 第一回の打ち合わせの時あなたが言った、感じたままに演じろ、の意味が今日分かったわ」 と。
私も驚きであった。同じセリフでもリアクションの相手によってこうも変わってくるのかと。
このシーンを撮り終えた後、皆が言った。
真実は ひとつじゃないんだ、同じセリフでもいろいろな 解釈が可能なんだ、ひとつのことにとらわれるな、 まさにこの映画のテーマがこのシーンに込められていると。
そうか、そうだったのか、気づかなかった。
ただ 単にこのシーンはナオミのエロチックさを味わいたかっただけなのに......。
しかしそんなことはけっして言えない。
ザッツライト! そう、みんな気づいてくれたかい、ここに重要なテーマが隠されているんだ。
(テーマ見っけ!)
*月*日
嬉しいわリンチワールドが味わえて、なんてエレナも言ってた。
いやあ、参った参った、勝手に周りで俺の世界を作り上げてくれるんだなあ。
順調に進んでいるかのような撮影。
さて、どの段階でクランクアップにすればいいのか。エンディングが思いつかない。
いつもそうなんだよな。思いつきで撮影していると収拾がつかなくなってしまうのが俺の悪い癖かもしれない。
ま、こういう ときは訳の分からない人物のアップで終わっておけば評論家とかが勝手に意味付けしてくれるから。
しかしいつも思うんだけど俺の作品と関わる役者 やスタッフは、イメージが頭の中にあったうえで俺が撮影していると思っているのだろうか。
*月*日
もし俺が役者だったら意味の分からないダイアロー グやアクションを指示されたら聞き返すんだけど皆なにも聞かないんだ。いいのかな、と 時々思ってしまう。
観客も観客さ、訳の分かんない映画を見せられて 腹立たないのかな。
日本なんかいい例さ、デビッド・リンチの映画、というだけでありがたがる奴等が多いから面白いもんだ。訳の分かんない映画を絶賛することで自分は前衛的だとか先進的だと思いこんじゃうんだから助かるね。
さあて、編集どうしよっか。いつも通り悩んだときはくじ引きつなぎといきますか。
*月*日
目を閉じて、ホイと引き当てたカットをそのままつなぎましょ。
う~ん、どうしてこのカットの次にこのカットな の、いいねえ、ますます訳分かんなくなってきま したよ。 これで皆が望むリンチワールドの一丁上 がり!
さて、明日はスタッフ、キャストを集めての完成試写。
さて誰が口火を切るか。
正直に「分からない」 と言える奴はいるかな、いいんだよ、分からなけ れば分からないと言っても。でも言えないんだろうな。俺が言っちゃおうかな。いやあ訳分かんな いやって。
by デビッド・リンチ
と書きながら結構好きなんですよ、この映画。