私の好きな映画のシーン(5)
『地獄の黙示録』(監督:フランシス・フォード・コッポラ)を映画館で観たのは1980年だったと思う。そして、あのシーン。狂気深まるベトナム戦争下、カンボジアの密林の奥に王国を築くカーツ元大佐(マーロン・ブランド)を暗殺する為、ベトナムにやって来たウィラード大尉(マーティン…シーン)がカーツ元大佐に出逢う。麻薬に溺れ狂気を纏う兵隊たち…。1975年にベトナム戦争は終結したが、1970年からカンボジア内戦が続いていたころだ。『地獄の黙示録』を観た私の感覚は、何十年も続くベトナムやカンボジアでの戦争という殺戮情報に摩耗していたかと思う。常識としての戦争、他国で繰り返される殺戮に対する感覚麻痺。そして『地獄の黙示録』を観た。ねっとりと体に纏いつくような死の熱帯の密林の奥に現れたカーツ元大佐の姿は、不可思議な狂気の象徴と見えたが、ウィラード大尉と同じく、やがて観客の私は、カーツ元大佐の狂気を受け入れない限り、戦争という狂気を受け入れられなくなっていく。カーツ元大佐の手元にあったのが「金枝篇」だった。物心ついたときから何十年も、ベトナム・カンボジアで続いていた戦争という狂気を日常に存在するものとして受け入れていた「私」は、あの不気味に現れたカーツ元大佐に、何故か親近感さえ感じた記憶がある。中嶋雷太